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アンフォールドザワールド 3

 家に帰って、なにごともなかったかのように夕飯を食べた。テレビでは、近々オープンする複合商業施設に市民の期待が高まっている、とかなんとか言っていた。ゆっくりとお風呂に入り、上がって髪を乾かし、自室のベッドの上に座ってしばらくぼんやりとしていた。
 普通ではありえないことが、たくさん起こった一日だった。キリンの腹から出てきた化物も、イチゴとかいうキラキラ男子も、全て夢だったのではないか、とさえ思う。

 身体がざわざわする。自分の内側に生えた小さな芽が、私自身をくすぐっているみたいな感覚。
「なんか……、いいアイデアが浮かびそう……」
 本棚から、買い置きの真新しいノートを取り出す。頭の中や身体の中で、なにかが育っていくような気分だった。一つの新しい物語が、私の中に生まれる。小説なのか、映画のシナリオなのか、漫画なのか、それすらも定まっていないけれど、私はメモをとっていく。
「魔法使い、ううん、魔術師のほうがいいかな。主人公は魔術師で」
 いくつかの動画を撮影したことはあるけれど、『物語』を作ったことはなかった。新しい世界が構築されていく。水色のノートの表紙をめくり、シャープペンシルの芯を押し出すのももどかしく、夢中になって書き殴る。

 それは、私の中にずっと存在していたんじゃないかと思う。硬い殻に包まれ眠っていた小さな物語の種は、雨のように降り注いだ混乱のせいで、殻を破り芽吹き始めた。
「水を使う魔術師。そうだ、癒やしの雨を降らせたり、氷を武器の形にしたりして。主人公の見た目は十五歳くらいで、だけどすごく長い時間を生きていて……」
 思いついたことを、文字と図でノートにメモしていく。手が勝手に動く。時間がどのくらい経過したのかわからない。さっきからまだ五分くらいしか経っていないようにも感じられるし、あるいは十年くらい経過したのかも知れない。でも、そんなことはどうでもいい。

 最高の気分だった。この物語はとても面白いものになる。ほのかもちかこも、私の新しい才能に驚くだろう。二人は撮影に協力してくれるはずだ。進むべき道ははっきりしている。そして私たちはその道のりを楽しむことができる力を持っている。
「タイトルは、『アンフォールドザワールド』!」

 シャープペンシルをノートの上に置くと、とても喉が渇いていることに気づいた。
「ふう、ちょっとだけ休憩」
 アイデアはいくらでも湧いてきて、まだまだ書き足りなかったけれど、ノートを閉じて立ち上がる。お茶を飲むために自分の部屋を出ようとしたその時、

 ぎゅにゅいゆうぅうにゅうう……。

「!?」
 聞いたことのない音がした。発情した猫のような、発泡スチロールを擦り合わせたような、水の中にどこまでも沈んでいくような、そんな色々な音を、全て合わせたような。
「ちょ、なんだこれ……」
 部屋の中に、蜜柑が腐ったような匂いが充満する。さっき確かに閉じたはずのノートが、風もないのに開いている。
 べちょっ。
 湿ったノートが内側から破れ、灰色の霧が出てくる。それから、猫。黒い猫に似たなにかがノートの内側から這い出してくる。
「ぎゅぎゅにゅういいいいいいいい!」
「うわあっ!!」
 身体が竦んで動くことができなかった。これは、昼間見たアレと同じ種類のものだ。猫のような形。でももっと禍々しい、得体の知れないなにか。
 そいつは身体を震わせて異音を発し、机上から飛び降りる。それから私の足元をすり抜け、部屋の外に出て行った。

4につづく

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