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アンフォールドザワールド 9

 夕方の緑道は、買い物帰りの主婦や、遊びに行く子供がたまに通る程度で、人の姿は少ない。
 ほのかは既にナニガシにやられているかも知れない。ミッチ・クラウドイーターはそう言い残して、霧のように姿を消した。
「やられているってなんだよ。どういう……」
「許せません、ミッチ・クラウドイーター」
 SDカードを抜き取られたカメラを握りしめ、ちかこは怒りに震えていた。
「そんな、ほのかになにかあったって決まったわけじゃ……」
「撮影したデータを奪われました。ようやく、決定的瞬間が撮れたと思ったのに」
「あ、そっち? そっちの件で怒ってるんだ」
「きずな先輩、やつらを捕まえて問い詰めましょう。この状況を説明させ、カードを取り戻し、ついでにほのか先輩も返してもらいます」
「ついでかあ」
 怒りとも恐怖ともつかない感情が、私の中に湧いていたけれど、ちかこの言葉に肩の力が抜ける。この状況で、それは救いでもあった。
「うまくいくかどうかわかりませんが、やつらをおびき寄せるアイデアがあります」
「うん。このままぼんやりしていても、しょうがないしな」
 そうだ、状況に流されっぱなしなんて、私らしくない。大人たちが頼りにならない以上、私たちが動くしかないのだ。

 翌日の放課後、私は青紫川沿いのオープンカフェで張り込みをしていた。
「こんなところに現れるのかな、ほんとに」
 ミッチが『リバーサイドモール』と口にするのを聞いた、とちかこは言う。オープンカフェの対岸で、工事をしている建物がそれだ。今秋にはオープンする予定の大型複合商業施設で、今はまだ建物に足場が組まれ、蛹のように白い幕を被っている。
「おまたせしました。きずな先輩」
「いや、だいたい時間通り。てゆうか、いままでなにやってたんだ?」
 私服のちかこがカメラを構えたまま、私の向かいに座る。肩に下げていた重そうなトートバッグを、椅子の上に置く。
「餌を撒いてきました」
「餌? からあげとか?」
「なるほど。そういう手もありますね」
 テーブルの上のメニュースタンドを手に取りながら、ちかこが真顔で答える。
「なんか注文する?」
「そうですね、オレンジジュース……」
 ちかこがそう言いかけたとき、私は自分の目を疑った。カフェの店内から、トレイを持った銀色の服の男が出てきたのだ。
「二人とも、オレンジジュースで良かった?」
 そう言いながら、当たり前のように同じテーブルに座る。トレイの上にはストローの刺さったオレンジジュースが三つ、乗せられている。 奇抜な服装と水色の髪が目立つせいで、他のテーブルの客がちらちらとこっちを見ている。
「フータ……?」
「ひどいなあ。俺とフータの区別がつかないの? きずな」
 その甘ったるい口調には聞き覚えがある。
「イチゴ、だな」
「正解」
 イチゴは頬杖をつき、私を見つめて微笑む。ざわざわとした感情が湧き起こり、居心地が悪くなる。

「そんなことより、アレを見たのでしょう」
 ちかこは冷静な表情で、イチゴの買ってきたオレンジジュースに手をつける。
「うん、俺はまだ見てないんだけど、上に見つかって怒られた」
「アレってなんだ?」
「俺にも見せてくれる? ちかこ」
 ジュースを全部飲み干してから、ちかこは悠々とトートバッグに手をかける。
 トートバッグから出てきたのは、『放送部』と書かれたテープの貼られたノートパソコンだった。ちかこはカフェの無線LANを拾い、ブラウザでユーチューブを開く。
「これがインターネットってやつかあ。本物ははじめて見た」
「これ、動物園のムービーじゃないか」
「最新のデータはミッチ・クラウドイーターに奪われましたが、この映像はバックアップを取っていましたので」

 ユーチューブに投稿されていたのは、キリンの腹から生まれたナニガシ、それからイチゴの姿だった。私やほのかが映っているシーンは、うまい具合にカットされていたけれど、イチゴは顔が認識できる程度にしっかり映っている。
「なるほど。思ったよりよく撮れてる。まさかあれがカメラだったとはなあ」
「削除して欲しいですか」
「仕組みがよくわからないんだけど、これはだれでも見られるものなの?」
「はい。きずな先輩のユーチューブと、きずな先輩のツイッターに投稿しておきました。世界中の人間が閲覧できます」
「私のアカウント!? いつの間に! なんでパスワード知ってるんだよ、ちかこ」
「放送部共有のノートパソコンで、ログインしたままになっていましたし」
「ああっ」
「世界中の人間に見られちゃうのか。うーん」
「困りますか?」
 イチゴは大げさに困ったような素振りで、頭を抱える。ちかこは彼を恫喝しようとしている。
「簡単に削除できる?」
「既にログアウトしてしまいました。私はパスワードを覚えていません。すなわちきずな先輩しか削除はできないということです」
「ええー、私かよ!」
「なるほど、ね」
 前髪をかきあげながら、彼が顔を上げる。水色の瞳が、まっすぐに私のことを見ていた。

10へつづく

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