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アンフォールドザワールド 16

16

「イチゴ?」
 呼びかけても反応がなかった。イチゴは私の方を向いているけれど、その水色の瞳はどこか遠くを見つめているようだった。
 イチゴが黙ってしまったので、私は仕方なく、テントの中を眺める。
「ベッド、一つしかないんだな。フータやミッチと一緒に暮らしてるんじゃないのか」
 二十畳くらいの丸いテントの中には、絨毯が敷かれ、木で作られた座卓といくつかの長方形のチェストが置かれている。着替えなどはテントの木枠に、無造作にかけられている。
 改めて、イチゴのことを観察する。白い服の襟元と袖口は、模様の描かれた布でトリミングされている。遊牧民の民族衣装をSF風にアレンジしたら、こんな感じになるのだろうかと思う。

 イチゴのことを、こんなにじっくり見たのは初めてだった。眼の色と髪の色が同じだな、なんて今更な感想を抱く。
「おーい、イチゴー」
 ぺちぺちと頬を叩いてみる。手のひらに彼の体温を感じる。ちゃんとここに、生きている感じがする。
「なに? キスする?」
「しねーよ! てゆうか起きてたのか」
「しないのかあ。せっかくきずなの世界ではどうやって愛を交わすかを調べてたのに」
「そんな無意味なことをしてたのか」
 平常運転のイチゴに、私は少し安堵する。

「そもそも、ここはどこなんだ。宇宙?」
「うーん、宇宙といえば宇宙なんだけど、トランスレートうまく働くかな」
 グラスのお茶を一口飲んで、イチゴは席を立つ。
「きずなの世界も含め、これらの時空の全なるものはハニカムユニバースで構成されていて」
「いきなりなに言ってるかわからん」
「だよねー。おそらく、きずなの世界にはない概念を語ってるからなあ」
 小さい方のチェストの中から、イチゴはロンググラスをいくつか持ってきて、それを座卓の上に並べる。
「わかんなかったら聞き飛ばしていいよ。たとえばここが俺らの世界とすると、ここがきずなたちの住む世界」
 テーブルの上の、六角形のグラスを七個くっつけて、蜂の巣みたいな形にする。その中の、お茶が入った二つのグラスを、イチゴは指し示す。
「世界と世界のあいだには壁があるから、物体の行き来はできない。だから、意識体で移動するんだ」
「え、じゃあ私の世界にいたイチゴたちは、実体じゃないの?」
「うん」
「でも、トラック持ち上げたり、食べたり飲んだりしてたじゃん」
「そりゃするよ。飲み食いしないと、意識体の活動エネルギーが得られないし」
「うーん?」
 私の想像している『意識』とは意味が違うのだろうか。イチゴの言っていることがいまいち理解できない。
「で、ハニカムユニバースの壁内に棲息しているのがナニガシなんだ。これが、数体の離脱ならなんとかなるんだけど、多数が離脱してしまうと世界と世界の境界が崩壊し、ブランチポイントが発生して……」
「まてまてまてまて、もう全くついていけない!」
「だよねー」
 イチゴがこともなげに笑う。

「フータとミッチはどこに住んでるんだ?」
「たぶんずっと遠く。実際には会ったことないんだよね」
「え、あんたたち兄弟じゃないの?」
「厳密には兄弟じゃないんだけど、同じ遺伝子を持ってるし似たようなもんかな」
 ごくあたりまえ、と言った風情でイチゴが語る。
「へー、寂しくない?」
「窓を開いて、毎日のように会ってるしね」
「その『窓』ってのもよくわからないなあ」
「窓って言うのは、時空を開く……」
 言いかけて、またイチゴの動きが止まる。私は唐突に、嫌なことを思い出す。

「イチゴ!」
「えっ、ああごめん。なんの話だっけ」
「イチゴ、あんたたちはまだ、ナニガシと戦ってる最中なんだな」
「あーあ、ばれちゃった」
 少しふざけた口調で、イチゴが私から目を逸らす。
「いま、私はどうなってるんだ。ほのかとちかこは? 私の世界ではなにが起こってるんだ!」
「わりと抜き差しならぬ状態、かな」
「茶化さずにちゃんと教えてくれ! みんなは無事なのか」
 私はイチゴのそばに詰め寄る。彼は少し考えて、意を決したように真顔になる。
「とりあえず無事だよ。きずな以外は」
「え……」
「きずなを取り込んだナニガシが、飛び立とうとしてる。ミッチの銃弾はあまり効いてない。いま、フータが振り落とされた。俺の武器も……」
「私、死ぬの?」
「このままだとね」
 自分が死ぬなんて、想像したこともなかった。それはずっと遠い、まだ生まれていない未来のはずだ。
「きずなが死んでも、意識体だけは残るよ。なんなら俺とここで暮らそうか」
 言っていることは軽いのに、いつものイチゴじゃなかった。泣きそうな、悔しそうな声。
「やだ。こんな砂漠の中で、こんなチャラ男と暮らすなんていやだ」
「ひどいなあ」
「もう、帰れないのか……」
「可能性がないわけじゃないけど」
「え?」
「ただ、下手するときずなは本当に死ぬし、もう意識すらも助けられない」
「ちょっとまって、帰れる方法があるのか?」
「うん、だけど……」
「なんだ、早く言えよ! めっちゃ焦ったじゃないか」
「ちゃんと話を聞いてよ。ここいるきずなの意識すらも消えてしまうかも知れないんだよ?」
「でも、生き延びる可能性もあるんだろ?」
「五分五分かな」
「五分五分! らくしょーじゃん。やっぱなー、私が死ぬなんて、ありえないと思った」
「まじかー。その根拠のない自信はどこからくるんだろ」
 あきれた声のイチゴに、少しだけ笑顔が戻った。


17へつづく

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