見出し画像

アンフォールドザワールド 5

 中学校の校舎と運動場のあいだには、背の低い植え込みがあり、剪定されたばかりなのか丁寧に四角く整えられている。その一部分、ちょうど二年一組の真下あたりで、植え込みの枝はいくつも折れ、葉は散って、大きなくぼみができていた。
「人間が一人、落ちたようなくぼみですね。まるで」
「怖いこと言うなよ、ちかこ」
 私は校舎を見上げる。三階の窓のほとんど全てが開いている。ちかこは私の後ろで、カメラを回すべきかどうか悩んでいるようだった。
「植え込みの下に、穴が開いていませんか」
「うそだろ……」
 植え込みのくぼみをかき分けると、その下には直径一メートル程度の穴が開いていた。人の気配がする。私とちかこは慌てて、落とし穴のようになった穴から枝を取り除く。
「ほのかっ!」
 だけど、そこにいたのはほのかではなかった。銀色のブーツ、水色の髪。
「イチゴクラウド云々、ですね。先日の」
「ええっ……、なんで……」
 くぼんだ穴の中に、まるでカウチにでも寝そべるような姿勢で、彼はいた。膝を曲げて、手を胸の上に組んで、見開いた目は空の色を映していた。
「死んでいますか。もしかして」
「し、死んでるのかこれ。うわあ、先生呼んできた方がいいかな」
 私が身を引くと同時に、ちかこがしゃがんだままカメラを構える。微動だにしないその姿を撮影しようとして、思いとどまったようにカメラを下げる。
 右手にカメラを持ったまま、ちかこは左手で彼の手を取る。神妙な表情で手首を指先でそっと探り、脈を取ろうとしたそのとき、
「だれだ」
 彼が口を開いた。
「あ、喋った」
「うわっ、生きてるじゃねーか!」
「生きているかどうかの定義は難しいが、少なくとも俺は死んではいない」
 彼はちかこの左手を握り、眉をひそめてしばらく見つめた後、興味を失ったようにその手を振り払う。
「そんなところで動かなかったら、死んでると思うだろ! てゆうかあんたなんでうちの中学校にいるんだよ」
「いくつもの窓を開いていたんだ。動けないのは仕方がないだろう。ここにいたのはナニガシを捕獲するためだ。惜しくも失敗に終わったが」
 そいつは悠長に立ち上がり、ちかこを見下ろした後、私に顔を向ける。なにか、違和感がある。水色の髪と瞳も、複雑な色みに光るTシャツも、昨日見たのと全く同じ姿だけれど、あのときのイチゴとはなんとなく違うように感じられる。
「なに言ってるか全然わかんねーよ」
「わからない? トランスレーションがうまくいってないのか。それとも君は頭が悪いのか?」
「きずな先輩は、別に頭は悪く無いです。それほど良いわけでもありませんが」
「ううっ」
「リバーサイドモール? どこだそこは」
「うわあ、会話咬み合ってねえ」
「ああ、わかった。すぐそちらへ向かう」
 私たちの方を向いたまま、彼はまったく別の空間を見ているようだった。それからちょっとだけ私とちかこの顔を見比べて、侮蔑するように薄く笑い、その姿を霧のように消した。

「撮りそこねました。またしても」
 心底悔しそうにカメラを見て、ちかこが舌打ちをする。校庭の木陰で弁当を食べている生徒は何人かいたけれど、消失したキラキラ男子のことは見ていなかったようで、こちらに気を留める様子はない。
「そういや、ほのかはどこに行ったんだ」
「落ちた様子もないですし、教室にいるのではないでしょうか」
「だよなあ。まったく人騒がせな」
 私とちかこは安心して、それぞれ自分たちの教室に戻る。二年一組の教室では、窓の下で起こっていた出来事に、だれも気づいていない様子だった。
 昼休み終了のチャイムが鳴る。窓際の席には、食べかけのシュークリームが置かれたままだ。

 その日の放課後になっても、ほのかは教室に戻ってこなかった。

6につづく

1から読む

ここから先は

0字
明るく楽しく激しい、セルフパブリッシング・エンターテインメント・SFマガジン。気鋭の作家が集まって、一筆入魂の作品をお届けします。 月一回以上更新。筆が進めば週刊もあるかも!? ぜひ定期購読お願いします。

2016年から活動しているセルパブSF雑誌『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』のnote版です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?