涙の跡
確かにかわいい。丸い瞳がくりっとして、りすみたいにぷっくりした頬が震える。控えめな声でくすりと笑った。
「どうしたんですか?」
桂木さんは華奢な体をふっと浮かせて首に抱きつく。俺がベッドに背中をつけると上に乗ってきた。前後に揺れる動きに声が漏れる。
確かにかわいい。でも、恵那じゃない、と思う。
というより、思うより先に感じている。
「桂木さん」
そう言って掴んだ手の大きさも指の太さも絡め方も温度も、何もかも恵那とは違っていた。違う、と悟りながらも快感の波は押し寄せて、桂木さんの「あ」という声とともに果てる。彼女はゆっくりと体を離す。
恵那は何度頼んでも上に乗ってはくれなかった。いつも下で、横を向いて枕に顔を半分埋めながら、ぽろぽろと涙を流していた。
『なんで泣くの』
『好きだから』
掠れた声で囁くように言う。それが愛おしくて、涙を拭ってやりながら「俺も」と返す。
恵那はそういうとき、濡れた瞳でこの上なく優しく笑うのだった。
『知ってる』
それから、ぎゅっと肩を引き寄せて、俺たちはぴったりとくっつく。全体重を恵那に預けて、ふわふわと浮いたような心地になる。恵那は耳元で息を漏らす。
『こうすると伝わってくるもん』
どきりとする。自然と全身に力が入る。
つまらない表現だが、恵那のことが本当に好きだった。体全部がそれを伝えてしまう気がして、照れくさくて。誤魔化そうとした。
『そんな余裕こいてると桂木さん抱くぞ』
『新しく入ってきた桂木さん? かわいいよね』
『そう』
『でもむりだよ』
あのとき恵那は嬉しそうに、軽やかに言った。
『もうあたし以外、抱けないでしょ』
桂木さんが「え?」と声を出す。顔を覗き込んでくるので目を逸らす。目尻から涙が一筋垂れた。
「そんなに良かったですか?」
ふふ、と笑って立ち上がる。
「シャワー浴びてきますね。汗かいちゃった」
ぼんやりと背中を見送る。抱けるじゃん、と思った。別にセックスなんてこの先誰とでもできる。飲みに誘ってちょっと雰囲気をつくって、それだけだ。簡単なことだ。
でも、泣くほど好きな女はもう見つけられないだろうな。
涙の跡を拭う。恵那の涙の温度を思い出す。ひとつ、息を吐く。
シャワーの音を頭のどこかで聞きながら、ゆっくりと目を瞑った。恵那のいない日々が続いていく。
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