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聖夜

 マフラーを丸めて、首を傾げた。初めてつけたイヤリングがさらりと揺れる。

 彼の黒い車が、ようやく到着した。助手席に乗り込んで、腕を伸ばして後部座席に荷物を置く。白いマフラーも一緒に置いた。

「ごめん」

 彼が言った。

「寒かったよね。30分も遅れちゃった」

 私は不満だった。彼の一言目が、イヤリングかわいいねではなかったことが。髪型アップにしていてかわいいねでもよかった。別に、いつもと雰囲気違うねだけでもよかったのに。彼の遅刻のせいで、開口一番の台詞が私の今日のお洒落についてではなくなってしまったことが、不満だった。

「お店にも遅れちゃう。ほんとごめん」

 だから私はそっと言った。

「遅刻してる時間って、ゆっくり流れて私は好きよ」

 それから、彼の頬をそっと撫でた。じんわりとあたたかくて、彼が少し顔を歪める。

「指、冷たくなってる」

「私はいいの。それよりお店に電話するね」

 窓の外はイルミネーションの並木道だった。なんでもない、ただの木々が、きらきら光っている。冬は美しくないものが輝く季節だ。枯れ木を光らせるなんておかしな発想をした人は、きっと豆苗を3回育てるタイプのけちんぼだと思う。でも、彼と見るきらきらはちょっときれい。

 卸したてのワンピースにイヤリング、ファーコートと勝ち気なヒールで、今日の私も少しは美しくなっているはずだ。いつものスーツ姿の彼を見ると、私だけ張り切っているようで少しさみしい。

 渋滞がひどくて遅れます、と電話するとお店の人は、お気をつけていらしてくださいねと優しく答えた。

「電話ありがとう、まゆ」

「うん、お店の人、優しかった。ご飯楽しみ」

「楽しみだね」

 今日のお店は彼が予約してくれていて、私はちょっとおめかししてきてねとしか聞かされていない。どんな基準で選び、どんなコースにしたかを嬉しそうに語る彼の話を聞きながら、私は空が高いなあと思っていた。雲のない夜空だった。都会の真ん中だから星は少ししか見えないけれど、代わりにきれいな闇が見えた。ちょっとジャンプしたら、どこまでも真っ逆さまに堕ちていきそうな美しい闇だった。

「まゆ?」

 ゆっくりと彼を向くと、ちょうど赤信号で彼もこちらを見ていた。目が合ったので、できるだけ美しく微笑む。

「私、今年も宏斗とクリスマスを迎えられてうれしい」

 信号が青になって、彼はまた前を向く。真剣な目をしていた。

 それから前を向いたまま、ぽつりと、言った。

「そんなことを、喜ばなくていいようになるといいね」

 言うなれば、空が濃くなるような、深く堕ちていくような、甘く溶けるような感覚。私は彼から目を逸らした。

 駐車場の面した道路へと左折する道を間違えて、Uターンしてから右折した。きらきらの並木はもうなかった。ちらりと駐車場の値段を見ると、びっくりするほど高かった。

 明るい駐車場内で彼は助手席へ回ってドアを開けてくれた。差し伸べてくれた手を取って車を降りる。ヒールで目線が近くなった彼と一瞬抱き合うと、彼からいつもと違う爽やかな香りがした。

「まゆ、今日はお姫さまみたいだね。何から褒めていいかわからないよ」

 ふふふ、と私は言った。髪の毛が崩れないようにマフラーをせずに来たのよ、とは言わなかった。代わりに手を繋ぐ。

 このひとが好きだ、と思う。

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