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横浜国立大学の運営費交付金、少なくない?【後編】

 こんにちは。会長の定請です。2月上旬には後編を公開したかったのですが、試験やら旅行やらで執筆が遅れてしまいました。
 前編に続いて、国立大学法人運営費交付金の配分状況に関するデータを分析し、議論を進めていきたいと思います。

前編はコチラ↓↓↓

前編の復習

前編では、国立大の運営費交付金の配分状況を確認し、横浜国立大学の運営費交付金が少ない理由について仮説を立てた。後編は仮説の議論・追加と検証を行うので、ごく簡単に前編の内容を復習しておこう。

分析するデータ

第4期中期目標期間における国立大学法人運営費交付金の在り方に関する検討会(第2回)会議資料1-2 『国立大学法人運営費交付金の配分状況』
 令和元年度(2019年度)の国立大学法人運営費交付金予算額、本務教員数、学生数のデータを分析する。

横国の運営費交付金が少ない理由(仮説)

①地域貢献型大学だから
 文部科学省は、2016年度に86の国立大学を3タイプ(卓越タイプ、専門分野タイプ、地域貢献タイプ)に分類したが、横浜国立大学はそのうちの地域貢献タイプに分類されてしまった。これを口実として、運営費交付金が減らされてしまったのではないか。

②学部再編の影響
 横浜国立大学は、2017年度に学部再編が行われ、新たに都市科学部ができたり、教育人間科学部が教育学部に改名、改組されるなどした。この学部再編を口実として、運営費交付金が減らされてしまったのではないか。
 学部再編に関しては、都市社会××学科の学科長(私ではない)が書いた都市科学部都市社会共生学科の設立過程に対する(優れた)批判記事を紹介する(誇張ではない)。この記事を読んでおけば、都市社会共生学科の問題点を少しばかり認識することができるだろう。

③???
 後ほど紹介する。

後編

 前編では、横浜国立大学の運営費交付金が少ない理由として、
①地域貢献型大学だから
②学部再編の影響を受けた
の2つの仮説を立てたが、前編を公開した後に情報提供があり、詳しく調べてみると少しばかり事情が違うらしいぞ、ということがわかってきた。

仮説の議論と検証 ①地域貢献型大学

 前編では、「文部科学省は、2016年度に86の国立大学を3タイプ(卓越タイプ、専門分野タイプ、地域貢献タイプ)に分類したが、横浜国立大学はそのうちの地域貢献タイプに分類されてしまった」と書いたが、「地域貢献タイプに分類されてしまった」というのは正しくないことがわかった。3タイプに分類される前の分類についても確認しつつ、このことを説明していこう。

 2004年(国立大学が法人化した年)から2016年まで、国立大学法人は財務分析上8つのグループに分類されていた。この分類がどのようなものであったかをみていこう(表1)。

表1: 国立大学法人の財務分析上の分類

 横浜国立大学はHグループ(医科系学部を有さず、A〜Fのいずれにも属さない国立大学法人)に属しており、"その他の大学"的なグループに属していたようである。
 次に、2016年から導入された「機能強化の方向性に応じた重点支援(三つの枠組み)」についてみていく(表2)。これが、先に述べた"3タイプ"である。

表2: 三つの枠組み

 国立大学法人の財務分析上の分類ではA~Hの8グループだったものが、3つの重点支援枠では①~③の3グループとなった。横浜国立大学は、重点支援①(地域貢献タイプ)に属している。
 ここで重要なのは、「各国立大学は,それぞれの機能強化の方向性や第3期中期目標期間を通じて特に取り組む内容を踏まえて,いずれかの枠組みを選択」している、ということである。この事実が意外と知られていないのか(筆者も最近まで知らなかった)、某5chのような勘違いをしやすいので誤解のないように(写真1)。

写真1: よくある誤解

 今紹介した「国立大学法人の財務分析上の分類」と「三つの枠組み」を比較し、運営費交付金のグループ分けがどう変化したかの傾向をみてみよう(図1)。

出典: 大学職員の書き散らかしBLOG『国立大学の重点支援枠はどのように選択されたのか。』, https://kakichirashi.hatenadiary.jp/entry/2015/10/06/220233

 重点支援③を選択した16大学のうち、12大学(75%)が旧Aグループであり、残りの4大学が旧B,C,Gグループとなっている。この中で医科系学部を有さない大学は東京工業大学、東京農工大学、一橋大学の3大学のみである。
 横浜国立大学が属していたHグループをみてみると、横国含む7大学が重点支援①を、2大学が重点支援②を選択しており、重点支援③を選択した大学はない。推測ではあるが、「旧Hグループなのに重点支援③を選択するのはちょっと…」という事情があったのかもしれない(旧Gグループの金沢大学が重点支援③を選択しているのでそうとも言い切れないが)。
 横浜国立大学が重点支援①を選択した理由についても調べてみたものの、有力な情報を得ることはできなかった。

 ここからは、地域貢献型大学(重点支援①)であることが本当に運営費交付金の少なさにつながっているのかを検証していこう。まずは、国立大学法人運営費交付金予算額の推移(表3)をみてみる。

表3: 国立大学法人運営費交付金予算額の推移

 2004年度から2020年度にかけて10.8%も運営費交付金が削減されており、運営費交付金が減少傾向にあることが読み取れる。次に、文部科学省の一般会計歳出予算各目明細書を確認し、表3のデータと横浜国立大学の運営費交付金の推移を並べて比較してみる(表4,表5)。

表4: 運営費交付金予算額の推移
出典: 全国2007-2020年度: 表3, 横国2007-2010年度: https://www.komuinfo.com/entry/2020/02/08/103300/ , 全国2021-2023年度,横国2011-2023年度: https://www.mext.go.jp/a_menu/kaikei/index.htm
表5: 表4において2007年度の数値を100とした時の指数

 横浜国立大学の運営費交付金予算額は、2007年度には86.1億円であったものが、2020年度76.9億円、2023年度74.2億円にまで減少している。表5をみると、2007年度比で2020年度が89.3%(全国89.7%)、2023年度が86.2%(全国89.5%)となっており、国立大学全体の指数よりも若干低い値となっている。
 再び一般会計歳出予算各目明細書を確認し、今度は重点支援①~③と横浜国立大学、静岡大学(横国と学生数が近く、医科系学部を有さず、重点支援①を選択した)を比較してみる(表6)。ここでは、三つの枠組みが導入された2016年度を基準(=100)としているので注意して見てほしい。

表6: 運営費交付金予算額指数(重点支援①~③+横国,静岡大)
出典: 平成23年度~令和5年度 一般会計歳出予算各目明細書

 2023年度時点で、指数が高い順に重点支援②(95.18)>③(89.66)>①(87.63)となっており、横浜国立大学の指数は94.46、静岡大学は87.07である。横国の指数は重点支援①静岡大学と比べると高く、重点支援③の大学よりも高くなっていることがわかる。次に、運営費交付金予算額の比率ランキングも見てみよう(表7)。

表7: 運営費交付金予算額比率ランキング(2016→2023)
出典: 平成28年度,令和5年度 一般会計歳出予算各目明細書
※1 重点支援①を白、重点支援②を水色、重点支援③を黄緑で示した
※2 帯広畜産大学、奈良女子大学、名古屋大学を各国立大学機構の代表校とし、2016年度は各大学の運営費交付金予算額を合計した値を用いた

 2023年時点で存在している82の国立大学法人のうち、2016年度から2023年度にかけて運営費交付金予算額が増加したのはわずか2校(京都教育大学、名古屋工業大学)であり、残りの大学法人は全て減少している(ただし、2014年度から各大学法人への交付金とは別に機能強化特別支援等事業予算が計上されるようになり、近年では運営費交付金予算額の1割程度[2023年度は1150.2億円]を占めているという点には留意しておく必要がある)。また、重点支援③の大学が下位に集中しており、13大学中10もの大学法人が7年間で1割以上予算が削減されている。特に旧帝大がランキング下位に固まっているという結果が得られたのは驚きである。
ちなみに、横浜国立大学の順位を確認してみると…

82法人中まさかの16位。2016年度→2023年度にかけて予算額は約0.94倍となったものの、減少率としてはましな方だということがわかった。

【①の結論】
 横浜国立大学の運営費交付金が減額されているのは事実であるが、それは他大学も同じであり、近年の予算額推移をみる限り、横浜国立大学はむしろ善戦している方だと考えられる。よって、地域貢献型大学を選択したことが減額に影響しているとはいえなさそうである。

SGUの不採択

 ここで、運営費交付金の話からは少しそれるが、2014年度に開始されたスーパーグローバル大学創成支援事業(SGU)という文部科学省の事業について紹介する。事業の目的と対象事業、SGUに採択された大学の一覧は以下の通りである。

【目的】
本事業は、「大学改革」と「国際化」を断行し、国際通用性、ひいては国際競争力の強化に取り組む大学の教育環境の整備支援を目的としています。

【対象事業】
○ タイプA:トップ型
世界大学ランキングトップ100を目指す力のある、世界レベルの教育研究を行うトップ大学を対象とします。
○ タイプB:グローバル化牽引型
これまでの実績を基に更に先導的試行に挑戦し、我が国の社会のグローバル化を牽引する大学を対象とします。

出典: 日本学術振興会『スーパーグローバル大学創生支援事業』, https://www.jsps.go.jp/j-sgu/gaiyou.html
図2: スーパーグローバル大学創生支援採択校
(おめー[横浜国立大学]の席ねぇから!)

 この事業に採択された大学は、2014年度~2023年度の最大10年間、タイプAの大学は4.2億円/年、タイプBの大学は1.72億円/年の補助金を受け取ることができる。1.72億円や4.2億円といってもイメージしづらいと思うので、運営費交付金の額と比較してみよう(表8)。

表8: 運営費交付金予算額(2019年度)の表にSGUタイプA(紫),タイプB(赤)の色分けをした

 SGUに採択されたタイプAの大学は表の数値に4.2、タイプBの大学は1.72が足されるということを考えれば、この金額が決して少なくはないということがわかるだろう。
 章題を見ていただければ察しがつくと思うが、横浜国立大学はこの事業に応募はしたものの、対象には選ばれなかったのである。このことは、大学の経営協議会議事録や「YNU教育のグローバル化が進展しない要因を探る」と題した論考にも記載されている。後者の論考では、大学組織と事務局組織に注目し、事務系職員の配置が僅少であるといったことが論じられており、興味深い内容となっている。

仮説の議論と検証 ②学部再編

 次に、横浜国立大学の学部再編が運営費交付金の少なさにつながっているのではないか、という仮説をみていこう…と思ったが、仮説①と結論が変わらないため割愛する。というのも、2016年度から2017年度にかけて予算額が急に変動したわけでもなく、学部再編が行われた2017年度を基準値として分析を行っても仮説①の検証とほぼ同じ結果になるだろうと判断したからである。

【②の結論】
 学部再編が横浜国立大学の運営費交付金減額に影響しているとはいえないだろう。

仮説の議論と検証 ③医科系学部の不在

 前編で取り上げなかった仮説として、新たに「医科系学部の不在」を挙げる。なぜそう考えたのかというのは表9をみていただければわかるだろう。

表9: 国立大学法人運営費交付金予算額の比(東京大学を100とする)
※ 医科系学部を有する大学を赤紫色、横浜国立大学を緑色で示した
(出典: 『国立大学法人運営費交付金の配分状況』p1)

 医科系学部を有する大学が2019年度運営費交付金予算額ランキングの上位を占めていることがわかる。医科系学部を有さない大学(研究機構を除く)のうち、2019年度の運営費交付金予算額が横浜国立大学よりも多い大学は、たった3校(東京工業大学、静岡大学、東京学芸大学)しか存在していないのである。
 ここで、前編で分析したデータを医科系学部を有する大学(42校)と有さない大学(44校)に分け、再度分析してみよう。

図3: 前編の図1に医科系学部の有無を加えた
図4: 2019年度の本務教員数比と運営費交付金予算額比の散布図(いずれも東京大学=100)

 医科系学部を有する大学は、医科系学部を有さない大学に比べて学生数、本務教員数が多く、そのぶん運営費交付金も多くなっていることが読み取れる。図4では医科系学部を有する大学と有さない大学の回帰直線の傾き(回帰係数)が近いが、図3においては回帰係数が大きく異なっている。学生数が同じであっても、医科系学部を有している大学の方が運営費交付金が高い傾向にあるようだ。

表10: 国立大学法人の運営費交付金予算,学生数,本務教員数の相関係数(2019年度)
出典: 第4期中期目標期間における国立大学法人運営費交付金の在り方に関する検討会(第2回)会議資料1-2 『国立大学法人運営費交付金の配分状況』

 ついでに相関係数も算出してみたが、運営費交付金と学生数、運営費交付金と本務教員数、学生数と本務教員数のいずれにおいても強い正の相関関係があることが認められる。また、運営費交付金と学生数については医科系学部を有する大学の方がより強い相関関係がみられるということがわかった。

【③の結論】
 医科系学部の不在が横浜国立大学の運営費交付金の少なさにつながっている、ということはいえそうである。しかし、2019年度時点で医科系学部を有さない大学のうち4番目に運営費交付金予算額が高い、という事実にも留意しておく必要がある。

まとめ

 以上、横浜国立大学の運営費交付金が少ない理由について①~③の仮説を立てて検証してきたが、この中で当てはまるといえそうな仮説は③医科系学部の不在のみであった。運営費交付金のデータを分析すると、横浜国立大学は医科系学部を有さない大学の中では運営費交付金予算額が高い方であった(表9)ものの、学生1人当たりの運営費交付金は少ない(表10,前編表4)こと、運営費交付金の減少率については小さい方(表7)であることがわかった。学生1人当たりの運営費交付金が少ない理由については、医科系学部の不在だけでは説明できないため、さらに議論を深めていく必要があるだろう(続編投稿するかは未定、好評だったら多分書くと思う)。

表10: 2019年度運営費交付金予算額比/学生数比(東京大学=1.0)

謝辞

 やや長文になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。前編投稿後に、後編を執筆するうえで大いに参考となる情報を提供してくださった方にも感謝申し上げます。
 また、祭心理学さんの以下の記事にて前編を取り上げていただきました。後編執筆に対するモチベーション向上にもつながりましたので、ここに感謝申し上げます。

予告

 そろそろ現代貨幣理論(Modern Monetary Theory)についてきちんと取り上げたいと思っています。まずは昨年購入したMacroeconomicsを読むところから始めたいと思います…

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参考文献

大学職員の書き散らかしBLOG『国立大学の重点支援枠はどのように選択されたのか。』, https://kakichirashi.hatenadiary.jp/entry/2015/10/06/220233

文部科学省『国立大学法人運営費交付金を取り巻く現状について』, https://www.mext.go.jp/content/20201104-mxt_hojinka-000010818_4.pdf

文部科学省『一般会計歳出予算各目明細書』, https://www.mext.go.jp/a_menu/kaikei/index.htm

科学技術情報プラットフォーム『大学財務分析』, https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11276579/jipsti.jst.go.jp/foresight/dataranking/univ_z/

文部科学省『国立大学法人及び大学共同利用機関法人の各年度終了時の評価における財務情報の活用について』, https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kokuritu/sonota/06030714.htm

文部科学省『高等教育局主要事項 平成28年度概算要求』, https://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2015/08/27/1361291_1.pdf

文部科学省『令和3年度国立大学法人運営費交付金の重点支援の評価結果について』, https://www.mext.go.jp/content/20210924-mxt_hojinka-000017262_1.pdf

5ちゃんねる『横浜国立大学wwwwww』, https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/jsaloon/1608458592/l50

日本学術振興会『スーパーグローバル大学創生支援事業』, https://www.jsps.go.jp/j-sgu/gaiyou.html

文部科学省『スーパーグローバル大学創生支援』, https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/kaikaku/sekaitenkai/1360288.htm

文部科学省『国立大学法人運営費交付金の配分状況』, https://www.mext.go.jp/kaigisiryo/content/20201117-mxt_hojinka-000011109_3.pdf

横浜国立大学『第46回 国立大学法人横浜国立大学経営協議会議事録』, https://www.ynu.ac.jp/about/information/proceeding/pdf/keiei_giji_46.pdf

横浜国立大学学術情報リポジトリ『YNU教育のグローバル化が進展しない要因を探る-大学組織と事務局組織の政策的、歴史的、構造的特性から-』, https://ynu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=5969&file_id=20&file_no=1

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