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ドラマ『キャシアン・アンドー』はただの「スピンオフのスピンオフ」ではない

ディズニープラスで配信中のスター・ウォーズ最新ドラマ『キャシアン・アンドー(原題:Andor)』が先日最終回を迎えた。
これは2016年に公開されたスピンオフ映画である『ローグ・ワン』の前日譚、謂わば「スピンオフのスピンオフ」なので、知らない人は本当に知らないし、存在を知っていてもあまり食指が動かなかったという人も多いと思う。しかし、最終話まで通してストーリーを追ってみて改めて考えると、これをただのマイナーなスピンオフに留めておくのは余りにも勿体なさすぎる。一度でもスター・ウォーズのことが好きだった人は是非とも観ておくべき1本だった。

<スター・ウォーズ最高傑作>と評される『ローグ・ワン』で、冷静沈着な情報将校として命懸けのミッションに挑んだキャシアン・アンドー。彼はいかにして反乱軍の英雄になったのか? 『エピソード4』の5年前、帝国軍の恐怖に支配された時代を舞台に、伝説の原点へと続く反乱軍誕生の物語が幕を開ける!
スター・ウォーズドラマ『キャシアン・アンドー』公式サイトの紹介文

この物語は5 BBY(『ローグ・ワン』ひいては『エピソードⅣ 新たなる希望』の5年前)、銀河帝国の下請けのようなポジションのとある企業が支配する宙域から始まる。
そこで暮らしながら失われた故郷に残した妹の手がかりを探していたキャシアンは、成り行きでうっかりその企業の保安局員を殺害してしまったことで追われる身となってしまう。万事休すと思われたその時、正体不明の男ルーセンにより脱出の手がかりを与えられ、その引き換えに帝国に対する反乱活動に手を貸すよう要求される。
一方その頃、後に反乱同盟軍を率いるリーダーとしてそのカリスマ性をふるい、新共和国元老院の初代議長をも務めることになるモン・モスマは、いまいち性格や考え方の合わない夫や娘との関係に胃を痛めながら、帝国の眼を盗んで密かに反乱組織の活動資金を手配する方法に苦心していた。
また、キャシアンが引き起こした騒動によって反乱活動の存在を察知したISB(帝国保安局)は、その中心にいると思われる「アンドー」という男の正体を探るべく動き出す。

このように、方や辺境の何でもない一般人だった男、方や銀河首都コルサントで反乱を主導しようとする政治家、方や帝国に忠実で帝国の正義を成そうとする保安局員と、全く異なった立場の者たちの物語が群像劇の様相を呈しながら絡み合い、帝国の圧政とそれに反旗を翻す反乱の始まりを描くドラマ。それが『キャシアン・アンドー』なのだ。
タイトルのみだと、スピンオフ映画の準主役だった男が主人公のスピンオフにしか見えないが、その実、民衆、反帝国側の政治家、帝国側の当局者と、三者三様の視点から帝国の圧政とその反発の始まりを描くことでスター・ウォーズの根本の設定を再定義する重要なピースなのである。

また、シリーズ内における立ち位置だけではなく、シンプルに実写ドラマとしての完成度も高い。特に際立っているのが、作中世界の生活感の解像度だ。
『STAR WARS』というタイトルが表している通り、このシリーズは戦争 (War) が主題になっている。また、第一作が制作された当初から「現代の神話」を創造することが一貫したテーマとして意識されており、本編では神話やおとぎ話的な構造の物語が構築されている。それゆえ、今までのスター・ウォーズ本編では日常的な生活を描いた描写が、おそらくは意図的だがすっぱりと省かれがちであった。
そこに一石を投じたのが『キャシアン・アンドー』である。スピンオフだからこそ描けるミニマムな視点からキャシアンら一般庶民の生活を真に迫った質感で描くだけではなく、公人であるモン・モスマの私生活の悩みにまで切り込むことで、スター・ウォーズの世界に住むキャラクターたちがおとぎ話の登場人物ではない、一人一人の生きた人間であることを改めて強調してくれる。正直、この辺はスピンオフ小説やコミックの領域だと思っていたから、映像作品でここまでやってくれるとは思いもしなかった。
そしてそんな解像度で「人物」が描かれていることで、帝国の圧政により民衆が苦しむ姿、淡々と人々を苦しめる帝国の人間の非情さがより一層際立つ。歴代のスター・ウォーズでは漠然と「帝国だから悪」とされがちだったけど、ではなぜ帝国が悪なのかというのが、本作を通して見ることで骨身に染みてわかってくるだろう。

また、今ちらりと触れたが、モン・モスマというキャラクターに新しい視点を持ち込んでくれたことも本作の大きな仕事だ。
モン・モスマは『エピソードⅥ ジェダイの帰還』の作戦会議のシーンで反乱軍のリーダーとして初登場したことをきっかけに、反乱軍ひいては新共和国の政治的リーダーとして様々な作品に登場してきた。むしろ、モン・モスマが直接間接を問わず一切登場しないスピンオフを探す方が難しいくらいだ。
しかし、そのどれもが公人としての姿であり、モン・モスマのパーソナリティについて触れた作品は実はほとんどない。そして、そのことに誰も気がつかないくらい、モン・モスマといえば凜としたリーダーであるというイメージが刷り込まれてしまっている。
そんな中、『キャシアン・アンドー』で突然モン・モスマの私生活、特に家族関係に悩みを抱えている姿をぶっ込んできたのには度肝を抜かれた。まさか旧三部作から登場し続けている老舗キャラクターの描き方にここまで大きな革命が起きるとは思いもしなかった。これを観る前と後ではモン・モスマに対するイメージは180度変わってくる。

最後に、当然だが主人公キャシアン・アンドーの描き方も素晴らしい。
彼のデビュー作である『ローグ・ワン』では、「帝国を倒すため」という大義のために非情な命令を受け入れ、暗殺や破壊工作などの汚い仕事を引き受けることも厭わないストイックな反乱者として登場してきた。そんな彼がいかにして反乱活動に身を投じ、デス・スター設計図のために自らの命を投げ出すに至ったのか。ただの一人の男が如何にして銀河を変えることになるのか。それはぜひとも自分の目で確認してほしい。

ディズニー買収以降のスター・ウォーズ、それこそ『ローグ・ワン』等でしばしば描かれるテーマとして、「反乱の火花 (spark)」という概念がある。一人一人の反乱は小さな火花に過ぎないが、それがいつしか燃え上がり銀河を変える巨大な反乱の炎となる。本作のキャシアンもその一人だ。
このドラマは、一見するととてもメジャーとはいえないサブキャラクターが主人公のサブストーリーにすぎないが、実際に動き出したらスター・ウォーズ銀河の見方を大きく変える大きな物語となった。これ自体もそんな「火花」を体現したストーリーなのかもしれない。

画像出典:スター・ウォーズ公式Twitterのツイート

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