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「日本酒文化大使」騒動あれこれ

TOKYO SAKE FESTIVAL 2020 実行委員会が主催する「TOKYO SAKE FESTIVAL 2020(東京酒フェスティバル2020)」において、「日本酒文化大使」にセクシー女優が任命されたことで、この1週間ほどネットの日本酒クラスタで話題になりました。

主としては、倉田直子さんの記事がまとまっていると思います。

また、Twitterでの反応はこちらにまとまっています。

https://togetter.com/li/1578800

主たる意見としては、「海外へ売り込むに当ってこの人選で良いのか」という批判と、「日本酒の男性イメージの固定化」と言うことになると思います。

一方、擁護する意見としては、「セクシー女優を任命することに抗議すること自体が職業批判だ」「肩書きではなく、もっと人間を見ろ」というような批判があります。それぞれ見ていきましょう。

主催者側の人選意図は、そもそも何なのか?

さて、ここで、主催者がどのような意図だったのか、このイベントはどのような意図で行われたのか見ていきましょう

上記が、開催ホームページですが、イベントサイトとして、あるべきコンテンツがありません。

それは、「公式ホームページに開催主旨、目的に当る記載が一切ない」のです。これは、相当に珍しいことです。どんなイベントでも、何らかの意思や意図、目的があり、「開催概要」とか、あるいはそれこそTOPページに「想い」が大文字で記載されていたり、あるいは「主催者挨拶」みたいなところで測ることが出来たりします。

普通は、「日本酒文化を次世代に伝えるために」とあれば、「ああ、若い世代向けのイベントなんだな」となり、出演者が「なるほど、若い子に人気のタレントか」となります。あるいは、「日本酒の価値を高めて世界に発信」となれば、ラグジュアリーでプレミアム感をだしていき、呼ばれるゲストもそのような方向になるでしょう。

さて、私が見た範囲で、明瞭にそのようなコンテンツを見つけることは出来ませんでした。キャッチフレーズに使われている単語としては「未来の日本酒を楽しくさせる」というところでしょうか。

では、主宰者ではなく、報道でみていきましょう。

世界のゲームやコスプレと日本酒のコラボという「未来の日本を楽しくさせる」イベントです。
開会式は、鏡開きや空手の演出など世界に発信する日本の文化を交えたものとなっており、実際に会場の様子を「闘魚.com」を用いて中国に発信しておりました。

と、あるように、「世界」を意識しているようです。その「世界」とは「中国」であると想定されます。個人的には、全体に会場のデザインディレクションの雰囲気などからは、中国人対象のインバウンドに通底する雰囲気を感じ取ります。

こちらの記事では

日本酒の新しい試みとして世界のゲーム会社の御協力を頂きました。
ゲームレジェンズ酒シリーズ「パックマン」、「スペースインベーダー」、「龍が如く」、「戦国バサラ」など日本酒とのコラボレーションが展開されます。
会場の特大モニターで「スペースインベーダーギガマックス」や「パックマン」のゲーム大会では一般の方が参加できる企画になっています。

と、あります。記事の文章が、客観文であれば「世界のゲーム会社が協力した」となりますが、「世界のゲーム会社の御協力を頂きました。」という表現からは、主催者発行のプレスリリースからの転載が推察されます。

このようなことから、やはり、主催者は「世界」を見据えていたと結論づけることが出来ると思います。

若い女性の間での位置づけ

さて、ここで、セクシー女優を擁護する立場の根拠になるものが、「セクシー女優が若い女性の間でインフルエンサー化している」という事実です。私も、当初、このはなしを聞いたときに「若い女性向けの尖ったマーケティングが波紋を呼びすぎた」パターンなのかとも。思いました。

一定の世代より上の方や、海外在住の方から見ると信じがたいかもしれませんが、若い女性の間でセクシー女優がインフルエンサー化しており、少なくとも、マーケティングの世界では、そういうことにはなっていて、タレントさんの料金設定の根拠程度にはなっています。

実際、私も自分の友人のお酒が好きな女性(30歳前後)に聞いてみたところ、

セクシー女優がセクシーに日本酒飲んでたら女性としても憧れますよね

もう今は日本酒=おじさんのイメージは最近だいぶ払拭されてますし

という反応でした。時代は変わったものです。

そして、この「若い女性がインフルエンサーとしてセクシー女優に憧れることがあるという文脈」を根拠として、「セクシー女優」というだけで批判されることに違和感が出るということになります。

ただ、このイベントでは格闘技やゲームなど、多くのエンターテイメントが紹介されましたが、結局、注目されクローズアップされるのは、ほぼセクシー女優だけなのです。逆に言えば、それだけ、オブラートに包んだ言い方で「好奇の目にさらされる」、率直に言って「偏見がある」のは事実な訳です。

その「偏見」を「注目」に変えることによって、インフルエンサーとしての影響力を得て、それによって仕事を得ているわけですから、職業と人格を完全に分けることは出来ないのではないかと思います。ご本人に確かに優れた人格があるかもしれませんが、じゃあ、職業背景抜きにして、「あなたが優れているから、大使の仕事をしてください」ということになるか、その仕事のチャンスが掴めるかといったら、それはやっぱりならないと思います。

例えば、水嶋ヒロさんのように、匿名で応募して「実は俳優でした」であれば、本人の実力に注目するということも筋が立ちますが、社会的なポジション、つまりは、「その仕事を引き受けることが出来た背景」には肩書きの力があるにも関わらず、その肩書きの力をなかったことにして、全部自分の人格や実力で仕事が得られたかのような言い方は、理論が失当していると感じますし、自分の過去に対する敬意を自分で欠いていると思います。

インフルエンサー化について

私は、セクシー女優のインフルエンサー化については、職業に貴賎はないというものの、非常に扱いに気を付けるべきだと思います。やはり、性産業からは女性搾取のイメージは拭えません。

先日、あるお笑い芸人の深夜ラジオでの炎上発言もありましたが、望まない形でその仕事をせざるを得ない方、ともすると、騙されたり、暴力を用いて、強制的に出演従事させられている女性がいるのも確かです。

そのような状況で、憧れとしてインフルエンサー化することについては、一定の留保をつけざるを得ないです。

私たちの世代でも、自伝小説がヒットし、文化人タレントとして転身を遂げられたような方もいます。また、それに憧れイメージを抱く方がいらっしゃるのも理解します。近年のインフルエンサー化は、その延長線上にあるのでしょう。

ですが、インフルエンサー化によって、負の実態が覆い隠されるようになってしまうことや、一職業としてみたときに心身にダメージを負うリスクや社会評価が損なわれるリスクが、他の多くの職業に比べて高いという事実を、若い人が過小評価してしまうという社会的な影響があります。

そして、『望んでその仕事をしている』というイメージがつくことにより、強制的に従事させられた被害者でさえも「望んで就業したのだろう」と、自己責任論によって救済の手が届かなくなることがあります。事情があり、地下に潜っている産業なので休業補償も行き届かないなか、そこでしか働くことができないシングルマザーの貧困問題など、負の側面が覆い隠されてしまう社会影響は大きいです。

その大きな影響(だからこそ、インフルエンサーというわけですが)を考えると、私は、2人の女の子の父親としても、インフルエンサー化し社会的な影響力を広く行使していくことに対しては、極めて慎重であってほしいです。

その社会的影響を考慮した慎重さに対して、「個人としては良い子」とか、「職業や肩書きではなく1人の人格として見て欲しい」という反論は議論が噛み合っていないと思います。事実として、その職業や肩書きの背負っている影響力が、例え本人が望んだことであろうがなかろうが、利用されようとしているわけですから。

海外へ向けてのメッセージとして、日本酒イベント日本代表しすぎ問題

さて、話を戻しまして、このイベントは「世界」を対象にし、配信されていたようです。実際には中国がメインだったようです。その上で、海外へ向けてのメッセージとしては、不適切と言わざるを得ません。

日本は世界でも類を見ないぐらい性に対してオープンな国です。電車の中吊り広告や、コンビニでは大体トイレ前の一角にアダルト雑誌が陳列されています。これだけ街中の一般商店で見かけるのは日本ぐらいのものです。

海外では、やはりポルノは女性からの搾取を連想させますし、SAKEに対して性的な意味でのアダルトイメージがつくことは、日本酒の世界進出に当ってプラスにならないと思います。

そして、「日本酒」という単語の持つ、その強いパブリックイメージ故に、どんな団体が主催したイベントであっても、「日本酒」を冠につければ、一民間団体や、その日のイベントのだけに組織された1回限りの合議体であったとしても、あたかも、業界、ひいては、日本を公式に代表するような雰囲気を帯びてしまう

それだけ、「日本酒」という単語に力があり、発信力があるということも、今回の騒動の背景にあるでしょう。

欧米と中国、どっちの「世界」を見据えたのか

また、今回の他のコンテンツも、格闘技やゲームなどであり、先述の記事の通り、多くは中国向けに発信されていたようです。また、記事にある会場写真や、Amazonで販売されている、このイベントの公式ガイドブックなどを見ると、赤を中心とした原色の色使いであり、中国向けインバウンドによくある配色を想起させます。



一方、批判されている方の居住地や、発言などから想定すると、「世界から批判される」の「世界」は欧米、西側文化圏を暗に想定しているように感じます。

「日本酒を世界に売り出す」と言う表現の「世界」がどちらを示しているのか、これは、今後の戦略において、大きな分岐点になります。東洋と西洋、それぞれから見た「日本」のイメージも異なりますし、「飲酒習慣」も違います。また、経済規模も大きく異なりますし、日本からの輸送距離というのも価格戦略にそれなりに影響してきます。

そして、日本酒の輸出先は、まさに、欧米人口ナンバーワン国家「アメリカ」と、アジア人口ナンバーワン国家「中国」がワンツーです。国別の伸び率では

国別に見ると、金額・数量ともに第1位はアメリカ。【中略】国別では、2位に中国、3位に香港が入った。

そして、アメリカと中国、伸び率では中国です。

輸出額は中国50億100万円、香港39億4300万円となり、中国大陸で89億4300万円となった。首位のアメリカは67億5700万円で、中国市場全体では実質的な首位となった。
中国の伸び率は10年前と比較して約21倍と驚異的な数値で、現地での日本酒を取り扱う人が増えていることを裏付けた。

「伸びている市場に進出する」のはマーケティングとしては、非常にオーソドックスで基本の一手です。今回の主催者が、中国向けの配信を強化し、赤を基調としたデザインディレクションをしたのは、ある意味では正当な手段であり、中国で人気が出そうなタレントを起用するのも頷けるところです。

セクシー女優ばかり取り上げられていますが、一緒に大使に任命された、コスプレイヤーや大食い、格闘技、格闘もののゲームなども、もちろん、中国全体とは言いませんが、中国国内の一部であっても(元々の人口が大きいので)一定サイズのマーケット、潜在ニーズが見込めるコンテンツです。

ただ、蔵元さんの中には、あるいは、蔵元さんに限らず、「日本酒」をプロデュースする側にとっては、ブランディングしていきたい方向性、戦略が確実にあり、「日本酒」ファンの中で、「日本酒」の背景にある世界観についても好みのイメージを持たれている方もいらっしゃるでしょう。

「日本酒の世界進出」という言葉が、「アジアに広く受け入れられ、一定の数量も確保できる酒を目指す」のか「欧米のターゲティングされた愛好家に絞り、少量であっても高価格が確保できる酒を目指す」のか。

こうして極端化すれば、PR戦略、目指す日本酒の位置づけが、ターゲットによって、根本的に異なってしまうというのは、直感的に分るかと思います。もちろん、どちらが良い悪いではないですし、このどちらかに限定する話ではないです。

そもそも、これはあくまで一般的な言葉としての「海外」といって、「欧米」か「アジア」かどっちが先に思い浮かぶか、そこに「アフリカ」は入ってくるのか、というのは、個人差があります。消費財のマーケットの話をするときには、規模が小さいから自然に「アフリカ」を消してしまう。逆に「海外援助」という言葉からは、先進国の多い欧米は消えてしまう。意外と、キルギスとかカザフとか中央アジアが抜けがちになったりする。

「海外進出」という単語において、暗黙のうちに特定地域を想起して、そして、特定地域が意識の外に漏れる。その食い違いが、「日本酒文化大使」に求めるものの違いの背景にあるように思います。

終わりに

どうしても、「日本酒文化大使にセクシー女優が起用された」ということのインパクトが強すぎて、議論が引っ張られがちになりますが、

この騒動の背景には、「日本酒の目指す世界」の「世界」を一口で言ってしまうことが難しくなってきたこと。「日本酒文化大使」とは、どんな「世界」に対してのものなのかの見解が、日本酒関係者の間でも異なりはじめるステップに入ったということ。今後は、「日本酒を世界に広める」とは「どこに、どういう位置づけで広まることなのか」を、関係者がもっと意識して定義していく時代に入ったということが潜んでいるように思います。

今日の話はここまで。

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