イチジクの木の下に
夏至の日、ギリシャではイチジクの木の下に自分の持ち物を置くと、将来の伴侶の夢が見られるという伝承がある。
高校一年のうだるように暑い日。本で埋まる段ボールが山積みになった彼の部屋で、愚痴を垂れていた私にあの人はそう言って外へ繰り出した。そんな素敵な日なのだから文句言わず今日を楽しもうと、鬱陶しくなる明るさで言って私の前を歩いて行く。坂を踏みしめる、履き古しのスニーカーをフガフガ言わせながら。
「ちょっと、どこまで登るの」
陽気とは縁遠い私は鼻をフガフガ言わせるのを耐えながら彼の後を追った。誕生祝に買って貰ったブーツが獣道に散々いじめ抜かれている。村の中だけならと履いてみたのが間違いだった。振り返る彼は笑いながら私の手を取るがそれだけだ。もう戻ろうとも、負ぶっていこうとも言わない。
昔から自分勝手で頑固な奴だった。誕生日にくれてやったスニーカーを今でも履き続けているのがいい証拠だ。靴底が剥がれるほど履いたのにまだ捨てない。街に出る時も履いてきたのを怒ったら流石に遠出の時は履いてこなかったが、普段はお古のスニーカー。新しいのを買ってやると言ってもまだ履ける、の一言で流されてしまう。
まだ大丈夫、あとちょっと、もう少し。彼の言葉に励まされながら私は丘を登り続けた。
「ついた。ここだよ」
息絶え絶えな私は、ムカつくくらい満面の笑顔の彼が指差す先を見た。イチジクの木、どうやらどこかの果樹園跡に入ったらしい。目指していたモノがそんなものだったのかと呆れた私は、イチジクの傍に力なく座り込んだ。
「こんな所なら……もっと楽な道あったでしょ……どうしてわざわざ」
「忘れられない日にしたかったんだ。最後だから」
ああ、おかげで最高の別れになりそうだな。皮肉の一つでも言おうと顔を上げると、彼がボロボロのスニーカーを脱ぎ始めていた。驚く私の前で彼は臆面もなく裸足なると、無言のままスニーカーをイチジクの木の傍に置く。
「これでいつでも君に会えるさ」
「はぁ……どうせなら夢じゃなくて直に合いに来なよ」
「うん。いつか戻るよ。いや、街に呼びに来るかも。でも必ず、絶対」
頑固なコイツの事だから、それは絶対なんだろうな。似合わない、真面目くさった顔で手を握ってくる彼を見上げながら、薄ぼんやり思った。
「それまで待っていてくれるかい?」
「約束はしない。だから、早く来い」
それでやっと似合わない顔を止めた彼に引っ張られ、立ち上がった私は先を行こうとする彼の背中に飛び乗った。ぐふぅ、と失礼な声を上げて、踏みとどまった彼の耳を引っ張る。
「ごめんごめん。ところで、もっと楽な道があるって言ってたよね」
「駄目。元来た道引き返して」
「えぇ、裸足であの道は厳しいというか……」
「駄目。忘れられない思い出ほしいんでしょ」
そう言って私はやっと笑みを浮かべられた。まじないなんてしみったれた思い出作りに付き合わされたんだ、これくらい愉快な思いをしても罰は当たるまい。