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名前も知らない関係


10年くらい通いつづけている美容室がある。


行きつけのそこは予約ができず、きた順に対応する形をとっている。
休日のお昼は来客が多く、1~2時間待ちになってしまうこともしばしば。だいたいの人は日を改め、その日は帰る。

休日でも朝は空いているだろうと思い、開店して20分後に行ったらすでに4人待っていたことがあった。最近は夕方に行くようにしているが、それでも2~3人は必ず待っている。とにかく待つ。人が多い。美容師さんに聞いたところ、平日もごった返すことがあるそう。


予約制のところへ行けば確実にその時間からしてもらえるのに、わたし含め、どうしてみなその美容室へ行くのか。

おそらくこのふたつが大きな魅力だろう。「価格」と「人柄」。


とにかく安い。多くのお店はカットのみで3,500円ほどすると思うのだが(相場がわからない)、行きつけのところは1,800円。カット+カラー+デジタルパーマをしても10,000円くらいでできてしまう。

こんなに安かったらお店自体みすぼらしいのでは?!と思う方もいるかもしれない。実際ほかのお店からすると劣るかもしれないが、明るくてきれいなお店である。有線で最近の音楽がかかっており、わたしは心の中でひとりイントロドンを楽しんでいる。


またキッズスペースもあり、話題のマンガやニンテンドースイッチが常備されている。価格の安さと設備の良さから、子供連れのお母さんをよく見かける。かなりありがたいだろう。



もうひとつの魅力。美容師さんの人柄がとにかくイイ。

美容師さんを指名することはできないため、毎回ランダムで対応してくれる。といっても6~7人くらいなので、名前はわからないが全員顔を覚えている。みんな穏やかで話しやすい。苦手だな、と思う人がひとりもいない。

もっとすごいところは、そのメンバーが10年間ほぼ変わっていないのだ。温厚な人ばかりで、みんなで働きやすい環境を作っているんだろうなと思う。

特に良いポイント。それは無理に話しかけてこないところだ。
わたしはあまり人見知りしないのだが、自分からグイグイ話すタイプでもない。それに雑誌やマンガをゆっくり読みたい気分だったりするので、そっとしてもらえて非常に助かる。洋服の店員さんも同じくそう。相談したいときは自分から話しかけるからさ。自分のペースでゆっくり選ばせてください。


そして、わたしにはこっそり推している美容師さんがいる。

6年くらい前から勤務しており、髪を切っている姿はみたことがなかった。カラーとシャンプー、トリートメントのみ。カットをするタイミングでいつもちがう美容師さんにバトンタッチするのだ。

モデルさんで経験を積まないと実際にカットできないらしいし、閉店してから練習しているのかな、がんばれ~!と心の中で応援していた。

しかし、何度訪れても推しはハサミを持たなかった。

なにか事情があるのだろう。カットしなくても美容の世界に興味があって、これが本人のしたい仕事なんだろうな。それからは頭の中で「カットをしない推し」と呼ぶようになった。


先週の土曜日、カラーとカットをするために美容室へいった。声をかけてくれたのは、カットをしない推し。

カラーが終わると、どのくらい切るか話しかけられた。「ん~ボブですかね~ひとつ前の広瀬すずちゃんくらい」という、たいして面白くもないアバウトなたとえを伝えたら、笑顔で「わかりました!タブレットもってきますね」との返答が。

おや、と思った。いつもカラーが終わったら別の人にバトンパスするのに。どうしてわたしの髪型をきくんだろう?

カットする人に伝えるためかな~と思いつつ、タブレットを見ながら「髪型より広瀬すずちゃんの顔に目がいきますね」なんて談笑しながら切る長さを決めた。


「じゃあ切っていくので、少し下を向いてもらっていいですか?」


ん?

切っていく?


推しはサクサク切り始めた。迷うことなくわたしの髪を切っている。

頭の中でいろんな言葉が飛び交う。ちょっと待って、いつから?いままで切ってなかったよね?あれ、わたしが知らなかっただけ?でも10年くらい通ってるし、一度も見たことなかったのに。どういうこと??


はじめて推しがわたしにずっと付いてくれた。そして「どうですか?」「もう少し切ります?」など、わたしのことを思ってカットしてくれているのがビシバシ伝わってきた。どこの美容師さんもそうだと思うが、今までずっと見てきたのもあって、より感動してしまった。

サナギから蝶へと大変身したみたいだった。わたしの推し、すごい。


推しの美容師さん。名前すら知らないけれど、心のなかで「やった~!今日推しが担当だ~!」とか「大丈夫だよ!がんばれ!」と応援したり、そういう関係もいいなと思った。そういう関係こそ、大事にしようと思えた。


だいすきな推しにまた髪を切ってもらいたい。それまでがんばろうっと。



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