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ナルシスト社長のみっともない成長記録。ひとり会社8年目のいま思うこと。

このほど、自分が代表を務める会社が7周年を迎えた。

会社といっても、ほとんどフリーランスと変わらない一人会社だ。昨年から妻が正社員として従業員になったので、もう厳密には一人会社ではないのだけど、大半の業務は自分でやっているから、そういう意味では今も一人会社のようなものだったりする。

多くの会社が10年で倒産するというデータもあるなか、資金的な余力を十分残した状態で8年目を迎えられたのは素直に嬉しい。なにより、自分の会社の社歴が、社会人歴の半分を超えたのも感慨深かった。

アイデンティティとしての天職

お察しのとおり、僕は好きなことを仕事にし、好きなことで起業をした人間である。キャスティングという仕事ほど、自分の興味関心と性格と能力に合った仕事はないと思っている。神様から呼ばれる・神の思し召しであるという意味合いから英語で天職のことを「Calling」というが、まさに自分にとっての仕事はそんな感じだ。自らのアイデンティティそのものといっても過言ではないかもしれない。

どこまでもピュアに仕事に取り組みたい僕にとって、会社勤めは苦痛でしかなかった。もともと人間関係は苦手だし、本線と関係ない雑務や会合には毎回うんざりしていた。「仕事は好きだけど会社は嫌い」という典型的なタイプだったと思う。また、これは極端な考えだが、他人が作った会社に勤めるということは他人のストーリーを生きるということだと当時強く思っており、それがいっそう会社勤めに対して嫌悪感を抱かせていた。だから、起業は出発点というより、ようやく辿り着いた到達点に近かった。誰にも邪魔されず、プロとして仕事に最善を尽くしながら、キャスティング屋というアイデンティティを謳歌する。独立によって、望んでいた状況を手にすることができた。

仕事を仕事と割り切れない人の末路


自己実現ができたのだから良いではないかと、多くの人が思うだろう。だが、大きな誤算が一つあった。残念なことに、自分の想定を遥かに超えて、自分はめんどくさい人間だったのだ。

キャスティングは好きだし、それをやっている自分も気に入っている。誇りもある。しかし一方で、仕事への無意味さも感じていた。そもそもキャスティングは中間業者であり、極論世の中になくても良い仕事ではある。さらに言えば、特定の価値観を広く流布することで社会に生きづらさを生んでいる広告自体への嫌悪感も募っていた。広告が炎上して世にネガティブな空気を生む様子は、自分が直接関わったものでなくても胸が痛んだ。自分のやっている仕事に果たして幾分の意味があるだろうか。なまじ仕事がアイデンティティと紐づいているが故に、仕事の不安はそのままアイデンティティのぐらつきを生んだ。

そこで僕がどうしたかというと、キャスティングの概念を別の領域に水平移動する方向に舵を切ったのだった。キャスティングが天職であることは変わらないとして、その概念を広げる過程で新たなスキルと関係を身につけ、同時にアイデンティティを拡張することを目論んだのだ。

広くキャスティングを人材業と捉え、よりキャリア寄りに振るためにキャリアコンサルタントやコーチングをやってみたり。キャリアの延長線上で、仕事体験プログラムを提供する会社で編集ライターをやってみたり。「文章を書くということは言葉のキャスティングに他ならない!」という謎のロジックのもと、学生のころに断念したコピーライター養成講座にいまごろチャレンジしたり。まちのキャスティングを称して地域拠点のコミュニティマネジメントに手をつけてみたり・・・。

無駄なことは一つもなかったけど、会社の売上に対するインパクトだけを見れば微々たるもので、そういう意味ではどれも的外れだったと認めざるを得ない。

他者の存在とエゴの希釈


ここまで読めばわかるように、強烈なナルシシズムが自分のキャリアを支えていた。人によっては全く理解できない仕事観かもしれないが、「なりたい自分になる」という強い意志が、長らく僕の原動力になっていた。しかし、それだけで何年もモチベーションを保ち続けられるほど会社経営は甘くない。本業は相変わらずきちんとやっていたし、毎年新たなチャレンジはしていたものの、ここ数年はずっとトンネルの中を彷徨っているような心持ちだった。なりたい自分がよくわからなくなっていたのだ。

ひとり会社ゆえのアイデンティティの密着とその功罪に悩まされていた自分を変えたのは、子どもの誕生だった。一瞬で、自分なんかどうでも良くなってしまった。あまりにベタな展開だと嘲笑されるかもしれないが、庇護すべき他者が誕生したことで、仕事と自己が引き剥がされのは紛れもない事実だ。子の誕生と妻の正社員化が、仕事への距離感を適正なものにしてくれた。

恐らく早い段階で社員を雇っていたら、同じような感覚をもっと早くに得られたのかもしれない。自分の船に乗組員を増やせば、当然航海の目的地を設定しなければならないし、自由気ままに舵を切ることはできなくなる。いま思うと、「なりたい自分になる」なんていうのは、移動式の灯台のようなもので、全く当てにならない行き先だったのである。そんなものを目指すくらいなら、早くに他者を介入させて会社のパワーをつけ、共通の目的地を掲げて進むべきだったのだ。

家族の存在によってエゴが希釈された今の僕の頭は、すこぶる冴えている。自分が何をやるべきかがクリアに見えているし、プロとしてのクラフトマンシップも取り戻しつつある。何者かにならなくて良い。ただ求められることをやれば良い。それは思考停止などではなく、むしろ社会に自分を開くために必要な姿勢なのだ。相変わらず独りよがりな一人会社ではあるけれど、その内実は今後確かに変化していくだろう。


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