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街と夜醒めのマジカルアワー

4時6分。
この絶妙な時間にならない事には、美しい夜醒めの街は見られない。
グラファイトのような空はたちまち変化する。夜明け特有の灰掛かった雲を膜のようにしながら、薄い群青色の空が空に張りついている。このとき街はまだ暗い世界に包まれたままだが、ほんの少しだけ色味を帯びた世界に移り変わり、黒の街は灰青一体になる。この瞬間『絶妙な色味の“のっぺりとした立体的な”街』が生まれ、まるでそこは慣れ親しんだ地球とは別の、全てが青い星に存在する青の不思議な世界に様変わりするのだ。

しかし不可思議な事に、4時10分にもなると、空は明るすぎて見られたものではなくなる。寝られずに過ごした目力の凄まじい眼球と押さえつけられるように鈍く痛む頭には、少々刺激が強過ぎた。真っ暗闇で見る画面の光と同じで、嫌悪してしまうほどの明るさになってしまうのである。夜明けが訪れると、日が街を起こすまでの時間は実に早いもので、ぼうっとしているだけであっという間に辺りは色味を増してしまうのだった。住宅街の窓に反射する光の色具合が強まり、壁の色も輝き始める。ちゃんと眠った後の朝に見ると清々しい光景も、夜に徹した体には毒に過ぎない。遠ざけたくなる理由は分からないが、ともかく数分が経過するだけでも世界を眩しく感じてしまうのだ。
そうこうしている間にも空は決まった方向へと流れ続け、鳥の声が甲高く耳を劈き始めた。瞬く間に街は明るい光で照らされてしまう。街が起こされてしまう。穏やかな灰が、静かな群青が、美しい街がじわじわと強まる淡い光に焼かれてしまう。いかないで。夜が遠ざかる。いかないで。私だけの夜。魔性の時間、夜明けの灰青は薄明るい空色に上塗りされてしまった。
私はそれから逃避するように、檸檬柄の遮光カーテンを締め切った。安堵の淡い暗闇を求めて、ようやく目を瞑った。

たった数分限りの奇跡の時間。
これは『夜醒めのマジカルアワー』と呼ぶ他に無いだろう。

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