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題... まともな野党とは何なのでしょう

◆ 私は、最近、“Quora”というサイトを情報収集に利用しています。

 “Quora”は、いわゆるコミュニティサイト。“Yahoo!知恵袋”などと似たところがあります。つまり、誰かが質問を投稿し、みんなが自由に回答を投稿することができます。
 私は、“問題提起”の観点からあえてくだらない質問もしますが、さまざまな回答が投稿されてきます。ロクでもない回答もありますが、含蓄のある回答も少なくありません。[ #問題提起 ]
 みんながどんなことを考えているのかを知るのに、Quoraは重宝です。
 私の印象では、 Twitterなどの煽り目的の投稿が多いサイトより、Quoraのユーザー層の方が問題意識レベルの高い人が多い気がします。つまり、私好みのサイト。


◆ 私は、ある名言を、私のコンサルとしての座右の銘にしています。

 それは、“行政改革”で活躍された、昭和の名経営者の土光敏夫氏のことばです。
 土光氏の、“正しく問題を造り続けることが出来ない企業は死滅する”ということばに、衝撃を受けました。まさに、名言だと思います(→ 注1)
 それ以来、コンサルとして、正しく問題提起してやることこそ大切と考えるようになりました。正しく問題提起してやれば、気が利いた人は勝手に回答を出してくれる。
 大金を払ってコンサルに何かを依頼するほどの人は問題意識も高い人で、問題さえはっきりわかれば、答えは自分でも考えられる。私が回答を提示するまでもないことも多い。


◆ 昨日、そのQuoraに、興味深い質問の投稿がありました。

 “何故日本の政界にはまともな野党がいないのでしょうか?”という質問でした。[→ https://bit.ly/333HDlo
 私も、常々、そう感じていたので、この際、いろいろ考えて回答を投稿しました。
 まぁ、通り一遍の政治評論家的な回答では、私の回答としての価値はない。私は、普通の人とは違う観点から発想するのが生きがいです。要するに、“天の邪鬼”。[ #天の邪鬼 ]
 なので、私は、それを考える前に、“日本の歴史をじっくり考えてみるのが良さそう”という視点で、次のような回答を投稿しました。


~~< 以下 引用 >~~     日本人は、昔から、政治嫌いだったのだと思います。長年にわたって天皇制の下で生活してきたので、そんな価値観が文化として定着してきたのだと思います。     日本の天皇は、常に、政治や軍事とは“一線を画して”きたように感じます。 世界を見ても、そんな統治システムは、日本以外にはなかったように思います。     天皇は、政治とか軍事などの下世話なことは、“自分の手に負えないので、下々に任せておくしかない”と達観しておられたのではないでしょうかね?     私は、政治とか政党という類のものは、良し悪しはともかくとして、何らかの“利権”の獲得をめざして組織化されて行われるものだと考えています。     資本家には資本家の利権が厳然として存在し、労働組合には労働組合としての利権もあります。 なので、それら特定のグループを主な支持基盤としていては、理想の政治はできない。     日本人の多くも、それを何となく“悟っている”と思います。 だから、日本では、“無党派層”が圧倒的多数を占めているのではないでしょうか。     逆説的には、無党派層がどんなことをめざしているかを知り、それを政策的に訴求できれば、圧倒的な支持を得ることも可能だと思います。     日本にはまともな野党がないのではなく、日本人の大多数が共感させられる政策を訴求できる政党など、はじめからありません。 日本人にとっては、与党も野党も、そういう分類は、さほど大切ではないのだと思います。     つまり、いかにして無党派層を取り込めるかが、政治を志す者の課題だと思います。 たとえば、小泉首相は、そのことに気づいたから、圧倒的支持を得られました。


 要するに、最近の国民大多数は、“何らかの利権を追い求める政治ではなく、構造改革をやってくれる政治を求めている”ということ。[ #政治の課題 ]
 どうでしょうか、この回答。数十分で書いた回答としては、なかなかのできだったと、自分では思っているのですが …


~~~~~

●(注1)  問題提議の大切さなどについては、2006.08.06のブログ 『問題解決の方程式』をご覧ください。[→ http://bit.ly/2ZmPYgs

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