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おもいで-踊り場事件 最終話

「ちがっ」

「とうさんっ」


束の間の出来事だった。

むなぐらを掴んだ左手は、僕を離そうとはしなかった。


「友達を家にあげるなとは散々言っていたはずだ」

「ちがうんだっ、そういうイミじゃないっ」


錯乱状態の中、ぼくはただ、いたずらに声を発することしかできなかった。


「あれはチガウんだっ」

「何が違うのか説明してみろ」

「あれはっ...あれは友達じゃないッ(ヤケクソ)」


もう何をしても無駄だ。

気づけば僕は、階段の前まで引きずられていた。

意識が遠のく前、最後に聞こえた罵声が頭のなかで繰り返される。

お前なんかもう出ていけ!!

出ていけ!!

でていけ...

...



...



フワッ





途端、体が軽くなったのを感じた。




父の両手から投げ出された肢体は、万有引力にもてあそばれるままに宙を舞う。


その先にあるのは、幼き日に「たかいたかい」をしてくれたときのような、暖かい腕の中ではない。


そこは、無機質で冷たい踊り場の上だった。








「バチン」

いてえ



失神状態で走り出す。行く先もわからぬまま。


踊り場に投げ出された後、痛いよりなにより一番つらかったのが、

「友達の前で恥をかかされたこと」だった。

挙句の果てに「出ていけ!」まで言われたヤマギシ少年。


あんな家、いたくもない。


走る。


走る。


親父が追いかけてくるんじゃないかと、ただただ遠くに行くことに必死だった。



3時間ぐらい無我夢中で走り続け、ふと周りをみわたす。








今いるこの場所は、普段車でしかこないような遠い町。


その瞬間、少年は、すっかり当たり前でなくなっていた"当たり前のこと"に気づかされた。


「道は、続いてるんだ。」


車とか電車とか便利なものが、場所と場所しか見せてくれなかったせいで、普段意識することもなくなってしまった"当たり前"。

場所と場所の間にもちゃんと道がある。

一歩一歩、踏みしめるはずの道がある。

テンとテンとの間には、いくつものセンが張り巡らされていた。






こうしてまた少年は、人生においてひとつ大きな発見をするのであった。

おわり

<前回>


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