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おもいでー蜂蜜みたいな味がするなんて

イケメンに、チンチンなんかない。

そう思ってた。

誰に教わったわけではないが、ただ、そう思っていたのだ。

だけどそれは、幻想に過ぎなかった。


ーー


温泉に行った。

部活動が一緒だった高校の友達と、3人で。

久々の再会だった。

ところでその中に一人、ものすごいイケメンがいた。


彼の名は江口。

江口はイケメンだ。疑いようがない。

憎らしいくらいの美少年で、鼻が高く、どこか日本人離れした顔つきは大学でフランス人とのハーフみたいだと言われているらしい。

しかし彼のイケメンたるゆえん、それは決して顔だけではない。


江口は、

ものすごい足が速いのだ。

体育祭のクラス対抗リレーでは猛烈な速さで周りのクラスを圧倒するばかりか、学校中の女子高生に「江口クンかッこイイっ!!!」と雄叫びをあげさせた。


あんな漫画みたいな光景を僕はあの時以来みたことがない


モテる男の2大要素、顔がよくて、足が速い

その両方を持ち合わせた彼は、イケメン以外の何者でもなかった。



江口のイケメンぶりとはここで終わらない。

彼程のイケメンともなれば、軽々と股を開く女性は山のようにいる。

彼がもし、そんな連中をたぶらかし、鶯谷の番人にでもなっていれば上っ面だけのイケメン止まりだっただろう。

しかし彼は、そんな開脚ストレッチマシーンのようなオンナとは絶対に遊ばない男

そう、江口とは、心の中までイケメンなのだ。

軽薄な、しかしきらびやかな女性たちとは遊ばずに、僕たち雑巾のような人間と心から楽しんで遊んでくれる。


神童。江口とはまさに神童だった

もう非の打ち所がない。

僕たち人類にはもはや勝ち目がないのだ。


江口とは僕たちのはるか先にいる存在であって、追いつこうにも追いつけない。足が速いから


それでもこの日まで仲良くしてこれたのは、もうひとりの友人、清水のお陰だ。


ーー



清水と僕はいつも、陰で彼のことをこう呼んでいた。


「えぐチンチン」


特に深い意味はない。江口の名前が「ち」で終わったのが運の尽きだ。

だがこうして江口とそれを組み合わせると不思議だ。

遥か先にいるはずの江口になぜか親近感が湧く。

同じ座標にいるという錯覚を覚えるのだ。


しかしそれでも足りないと思ったのか、いつしか彼のあだ名はさらなる発展を遂げた。


「えぐチンチンブラブラソーセージ」


するとある時清水が言った

「長くね?」


同感だった。

「一旦、略そう」

そうして結局、


「チンチン」


これに落ち着いたのだ。

こうして僕たち三人は、三年間円満な関係を築いてこれた。


ーー


そんな三人で一緒に来た下呂温泉。

僕と清水、そしてチンチン


高校での思い出や、大学での近況を、ざっくばらんに全裸で語り合う良い機会だと思っていた。


しかし風呂場に行った僕は、あることが気がかりでしょうがなかった。

そしてこれは、たぶん清水も一緒だった。

それは


江口にチンチンがついているのか


散々陰でチンチン呼ばわりしていた僕と清水。

しかしこれまで3年以上ともに過ごした仲なのに、僕たちはただの一度もその実体を目にしたことがなかった。

飲みの場で人前にさらけ出すようなこともなければ、夜な夜な酷使している噂も耳にしない。


だいいち、僕たちが彼をそう呼んでいたのは、江口のイメージとあまりにもかけ離れていて、絶対に結びつくことのないものだと思っていたからこそのジョークだったのだ。


そこに”神聖なイケメン”というイメージが助けていつしか、

イケメンにそんなものはない

そう思うようになっていた。


イケメンに脇毛なんて生えていないし、スネ毛だって生えてない。

湧き出る体液はみな、ハチミツみたいな味がすると思ってた。

無論そんなものがついている筈がない。

そう思っていた。


とはいえこの目で確かめたい。

未知のベールに包まれていた一物は、本当にそこにあるのか無いのか、はたまた別の何かがその場を占有しているのか。

この目で確かめたかった。

湯けむりが立ち込める中、それが明らかになるときは、もう眼前に迫っていた。


ーー


ついに見てしまった。

というより見えてしまったに近い。

生まれてこのかた、視力2.0を保ち続けた僕の目は、湯船に浸かるそれを、遠くからでもしっかりと捉えてしまった。




「おい、清水」

僕は清水のもとに駆け寄った。

清水はまだ体を流している最中だった。

すると清水は言った。


「マジか」


自分の目で確かめるよりも先に結末を知ってしまった清水の顔は、少し残念そうにも見えた。

悪いことをした。

そう思ったが、すぐに彼は言った。


「ちょっとおれも見てくる」



清水は目が悪い。

僕のように遠くからさりげなく、その実体を捉えることはできない。

しかしそれでも諦めきれない清水は、果敢にも神聖な江口のもとへと急接近した。



「何?」

「いや、ちょっとな...」



うおおおおおおおおおおおォォォォォォ!!!!!!




清水の声が、浴室中に響き渡った。

その瞬間、立ち込めていた湯けむりが一瞬晴れたような気がした。

清水のそれは、いつになく嬉しそうだった。


再び僕のもとに駆け寄ってきた清水。

ずっと、二人の心にあって消えることのなかったしこりが一瞬にして吹きとんだ気がした。

それは、江口と我々が同じ人類であったことを再認識した瞬間だった。


二人は、その感動を手と手を取り合って分かち合った。










以来、三人で温泉に行くことは無かった。



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