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おしゃべりについて

げん‐がく【×衒学】
読み方:げんがく
pedantry学問知識ひけらかすこと。ペダントリー
(引用:https://www.weblio.jp/content/%E8%A1%92%E5%AD%A6

衒学的という言葉をだいぶ幼い頃に覚えた。

本を読むのが好きで、調べることが好きな子どもは同年代の子どもよりも知識がある。「なんでだろー」の声に耳を傾け「それはね、」と説明する。あの子は色んなことを知っているねと言われ、授業内容から雑学までみんなに質問される。そして向けられる「へぇー!」「なるほどー!」は賞賛だ。

しかし、小学校中学年の頃になると空気は変わってくる。

「本で読んだんだけどってすぐ言うしさ!それって自分が知ってるんじゃないじゃん!」「じまんじゃん!」
切っ掛けはまったく別のことだったが、あることで怒り出した友人にそう言われたことがある。
ショックだった。
授業の内容とか、いろんなこと、質問してきていたのは君では? 体験していないと知識にならないの?

「言い方もあるかもしれない。ひとは答えを知りたくて「なんで」とか「~かなあ」というばかりじゃない」
「それを間違えると、教えてるつもりでも、自慢とか、ひけらかしになったする」
しょげる私に親はいろいろと語ってくれた。
「衒学的という言葉を知らなければ辞書を引け」

私は、ひととうまく話せなくなった。
質問されても、それまでのようにうまく答えられなくなった。
何の話をしたらいいかわからず、人の話を聞くだけになった。
そうして、私は自分の話し方に気づいたのだ。
自分が「自分の話」をしないことに気づいたのだ。

友「みてみて、この葉っぱ他のよりすごく赤くない!?」
私「他の葉っぱより陽当たりがよかったんだよ」
まだかわいい、気がする。

友「イチョウが赤くなったらよくない?リボンみたいでかわいいと思うんだよね~」
私「カエデと色が変わる仕組みが違うからないよ」
目も当てられない。

「この葉っぱ他のよりすごく赤くない!?」には「ほんとだー!きれー!」
「イチョウが赤くなったらよくない?」には「たしかにー!絶対かわいいよね~」

同意を求める会話と言うのを覚えた。
語尾が上がって質問文になっていたとしても、答えを求めていない。正解を求めなくても良いということが、たくさんある。自分の考えと違う人がたくさんいる。
今にして思えば、私の話し方は本を読んでいるみたいだった。問には解を吐き出す、AIのように会話をしていた。
まるで命題で話をしている。ウィトゲンシュタインも戸惑って言語ゲームいっしょにやってみよっか?などと言い出すかもしれない。                  
もっと自分の感覚をおしゃべりに取り入れたほうがいいのだ。どう感じたとか、思ったとか。きれいだねとかかわいいねとか。
おしゃべりは、むずかしい。

それでも次第に、気付けば、おそらく普通に会話ができるようになっていた。冗談やその場ですぐわかる嘘を言ったりして、ひょうきん、と何かに書かれたことすらある。
だいぶ人間になった。

ただ、私の求める”おしゃべり”とは乖離していった。
私は、他より赤い葉っぱがあれば「ここは夏場に一番陽が当たるからね~」と言われたいし、イチョウが赤くなったらいいね、に「アントシアニンが含まれていないからね」と言って「まじかよ!むりなんかー!かわいいイチョウ作りてー!」って返されたりして、わいわいしたかった。

くわえておくが、当時の女子友達グループの子たちはとても優しく、賢く、成績もよく、いい子たちだった。大人だった。私の知らないおしゃれや文化を教えてくれた。あの子たちがいなかったら不登校まっしぐらだったと思う。好きだったし、感謝しているし、今でも会いたい。

そんな私に、新しい友達ができた。
Kちゃん。ボーイッシュで、いつも男子とゲームの話をして遊んでいる女の子。
一方、私の家はゲーム禁止だった。それでも、なぜか彼らは丁寧にゲームのことを説明してくれた。
FFのストーリーも、チョコボもスライムも、みんな彼らが教えてくれた。
「アレってXXらしいぜ」「まじで!?」「やってみたけど違った」「やり方がマズいんじゃないの?」などと、PDCA回転速度の高い優秀なゲーマーたちは、それをゲーム以外にも適応させる。
私が説明したことを「俺も調べてみたんだけどさー」と深堀りしてくる。
「塾の先生の話」など、私には絶対に手に入らないアイテムで打ち返してくる。
楽しくないわけがなかった。
でも、頭をよぎるのは「じまんじゃん!」「衒学的」の声。

私は何らかのバランスを取るべく、所属グループの主軸を他の女子グループに据え、たまにゲームグループと遊ぶ、という日々を過ごすようになった。

そんな一学期、終業日。
Kちゃんは病み上がりだった。
休んでいたから事前に荷物を持ち帰ることができず、大変なことになっていた。それを一人で持ち帰ろうとしていたので、手伝うことにした。というか、そのつもりだった。おしゃべりしたかった。

「本の話ばっかりするって嫌われたことがあるんだよ」
本やテレビの話をしていたはずだったが、ふと、というか、つい、私はそう漏らしてしまった。しまった、楽しいおしゃべりの途中なのに、とあわててKちゃんの顔をみると笑顔で返された。
「えー!私はめぐみちゃんのそういう話すきだよ!」
片手に自分の荷物、もう片手にKちゃんの荷物。
私は両手に力をこめて「えー?」と笑って返した。ありがとう、と返答するような会話は、まだできなかった。

Kちゃんの家は、通りから入った細い路地の角にあった。小ぶりの門があり、小ぶりの松が植えてあり、その先に小ぶりな玄関がある。私たちは玄関先に荷物を置いた。
私は照れくささのようなものを引きずっていて、麦茶でも飲んでく?の言葉に「いいよ!また2学期ねー!ばいばい!」とすぐに門をくぐって出た。
「Kちゃん!ひとりで持って帰ったのかい!?」
ご家族の声が聞こえてきた。Kちゃんの家の塀越しに聞こえてくる。縁側の硝子戸が開いているのがちらりと見えた。
「めぐみちゃんが手伝ってくれた!」
「まあー!お友達?どんな子?」
「いっぱい本を読んでて、いろんなこと教えてくれる!」
Kちゃんの声は少し大人っぽくて、とてもよく通る。

私は角を曲がって、足音を立てないように走って表通りに出た。そのまま家まで走って帰った。炎天下の長い坂道を走って下った。片手に荷物、もう片手にびしょびしょのハンカチを握りしめて、あたらしい夏が幕をあける。

「おしゃべりについて 2024-10-20」


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