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エッセイ_4「堕ちた生活」
自己破産しているうえに家賃やら水道光熱費やらを滞納したり、どうにか先延ばしにしてもらったりしながら生活している。二児の父親でありながら妻子に不自由な生活をさせている時点で十分堕ちていると言えよう。
しかし、最近になって我ながら「さらに堕ちたな」と思う出来事がいくつかある。
増える飲酒量
母乳育児を終えた妻がアルコールを解禁したのに便乗して禁酒をやめたわけだが、最近になって飲酒量が増えている。
「酒なんか飲んでないで払うもん払え」と四方八方からお叱りの声が飛んできそうではあるが、時たま現実逃避したくなって飲酒をしていたらいつの間にか飲む量が増えていた。
払うもん払わずに飲酒して束の間の現実逃避をする一家の大黒柱。大黒柱というにはあまりにも脆いかもしれぬが、「堕ちたな」と思いながら飲む酒も悪くないと思っているからたちが悪い。
煙草を吸い始めた
28歳にしてついに喫煙者となった。もちろん幼い我が子の前で吸うことはしないが、「一生吸わん」という決意は思いの外あっさりと崩れ落ちた。
最初は興味本位だった。「煙草を吸ったらどんな感じなんだろうか」という興味を抑えられなくなり、あれよあれよと喫煙者の世界に足を踏み入れていた。何事も形から入るタイプのため、「和装で煙草を吸っていたら作家っぽい」と何の根拠もない幻想を信じていたせいもある。
やる気に満ち溢れるとか、頭が冴えて執筆が捗るという効果を期待していた部分もあるが、残念ながら余計な出費が増え、自身の煙草臭さが増すばかりである。
喫煙者の名誉のために言い訳をすると「喫煙=堕ちた」とは決して思ってはいないが、お金に悩みながら酒と煙草に溺れる自分を「堕ちたな」とは思う。堕ち続ける酒臭くて煙草臭い父親。
大事な時に酒や煙草の力を借りる
酒は言わずもがな、アルコールで脳を麻痺させて普段言えない本音を言うのにもってこいだと思っている。「酔っていたので」という情けない常套句も付け加えやすい。シラフで言えぬ本音に何の意味があるのかと自分でも思うが、気付けば大事な場面では酒の力を借りてばかりだ。
煙草にも同じような恩恵を受けている。喫煙所で煙草を片手に話し込むと不思議と話がしやすい。普段は話しにくい本音もなかなか頭を下げにくい謝罪も煙草があれば難易度が下がる気がしている。
そもそも煙草を片手に謝罪するような人間であることを恥じなければならないかもしれないが。
取り繕ってばかりで本音を話すには酒か煙草が必要な人間。真っ直ぐに生きたいと思いながらも何かを頼らなければ生きていけない人間。
酒と煙草と女に溺れることが正解だと思っていた
20代前半の頃は「借金を抱え、酒と煙草と女に溺れていること」が理想の作家像であり、作家になる必須条件だと信じて疑わなかった。多少なりとも「堕ちた」部分があることこそがいい文章を書ける作家であると思っていた。
妻子がいるため女に溺れることはないが、自己破産して酒と煙草に溺れている現状はなかなか理想通りではなかろうか。こんな事故物件と一緒に暮らす妻子には申し訳ないが、なかなかどうして悪くないと思っている自分がいる。
いずれ這い上がらなければならないとは思いつつ、もう少し「堕ちた」生活を楽しもうか。
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