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【短編】すいかたべたい

あなたがうたたねをしていると、ふいにでんわがなる。非通知としるされている。ほんとうはこういうのはとらないほうがよいといわれているけれどあなたは気になって気になってしかたがなくてつうわボタンをおしてしまう。ひとのいきづかいすらしない。ただの沈黙。いや、かすかになにかがきこえる。水のおとがする。ほそくいとのようにでている水がはつらつなおとをたてながらじゅんかんしてひとつながりにおちる。母だ。母がばらのはなに水をやっている。ごねんまえはたえず庭からしていてどうしていまもしているのだろう。母はまちがってやねからおちて死んだのに。あなたはみょうにむねがざわついて「おかあさん」とよんだ。水のおとだけがする。あなたはまったくしんじられないきもちで母をよびつづけているうちにこれは夏だからだとおもう。なつかしい水のおとがするのは夏だからだ。母も夏に死んだ。母がおちた、あのかだんにはさつじんてきなばらがちょくりつしていた。それにつらぬかれて、ながれたけつえきがつちにしみこんだ。とくべつなえいようでばらのはなびらがますますえいりになった。

「やっほー」

あなたは庭をみる。わたしのすがたがみえる。どうしてわたしがいるんだろうとあなたはいみのないこえをだしながらかんがえる。ぎゃっこうでよくわからないけれどおそらくわたしがビニールのふくろらしきものをかかげている。

「すいかっ……たべたくない?」

でんわをつないだままにしていたくてあなたはいらないといった。わたしがどこかへいくのをまっていたけど、いっこうにとどまったまま、なんねんもすぎさった。そのなんねんかんはだいたいがほどよいきょりかんで、なかがいいともわるいとも、いえない肌質をしていて、でもけんかしておたがい裸なのにくちをきかないじきもあって、あなたはようやくかんねんして、すいかをたべることにする。つうわをスピーカーにしながらふくろをうけとる。すいかはとけきってて、そこのほうに、にごりのない空白がある。まだ水のおとがする。かぎりなくとうめいな水がふくろにたまってゆくけはいがする。ゆびにすこしずつちからをいれてささえる。そのうちおもさにたえきれなくてふくろをおとす。母がおちたときとおなじおとがして、母がまた死んだのだとあなたはおもう。

「あっ、きれてるっ!」

せみがいっせいにわめく。モザイク画をふかんしてみたときのようなりったいかんが、めのまえにあらわれる。あなたはえんがわにおきっぱなしになっていたでんわをたしかめる。いやなよかんがして、よかんはあたって、すでにつうわがきれている。

「すごいっどうやったの?どういう手品でそうなったの?」

わたしがふくろをもちあげてあなたになかをみせようとする。しょうじき、ほうっておいてほしかったけどあなたはわたしにいつまでもうながされているのがいやでのぞく。すいかがきれいなろくとうぶんになっている。ほんとうだ。いつのまにきれたんだろう。ふくろのそこからうすいあかいえきたいがもれている。
わたしとすいかをたべているとき、あなたは胎児だったころにもらったおかあさんのとくべつなえいようについてかたる。すいかはおかあさんのけつえきににているけれどぜんぜんちがうよね。わたしたちはうまれたしゅんかんから死ぬまで、とくべつなえいようをもらうことができなくなるから、だいたいひんでがまんをさせられる。かわりのものでわたしたちのからだはこうせいされているの。でもそれがよのなかてきにただしいんだってね。
いいところででんわがなる。あなたはひそかにむねをおどらせながらでんわをとる。「おかあさん」としずかによんで、もうきっちゃだめだよといおうとする。

「あー!やっと……じゃん!」

わたしのこえだ。でんわごしにきこえるのはどうしてだろう。いつものかんがえぐせをはっきさせるまえに、あなたはかんぜんにめをさます。さっきまでいっしょにすわっていたわたしはいない。わたしはあなたの庭をめがけてやってくる。

「なんかいも!かけたんだけど!」

こえがちかづいてくる。でんわをみみにあてたわたしが、いきをきらしながら庭にはいってくる。あなたはわたしがかかげたまっしろなふくろをまぶしそうにみつめる。

「すいかっ……たべたくない?」

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