見出し画像

留置所日記2020/6/2(1)

筋トレで筋肉痛。全身が痛い。

昨日、警察署のじいちゃんが「日本人は黒髪だろう」とか「そんな派手な髪色にしてるんじゃない」とか言ってきて、まだこんなこと言う老人が生きてんだなぁ、としみじみした。

新聞が回ってこなかった。申告したのに。多分忘れられている。

夜に弱い自分がまた泣き始めて、どうにかなだめている内に本の時間。
「僕が殺された未来」読み終わった。結構面白い。内容はまぁまぁ先が読める感じではあったけど、最後が良かった。最後までちゃんと読んだ甲斐があったな、という感じ。

寝るのはそんなに大変じゃなかったような気がする。が、中途覚醒。2・3回。

少年室の見回りは、女性看守はしっかりと部屋の中を覗く。男性看守はスタスタと通り過ぎるだけ。中に人がいないとか、死んでたとかだったらどーすんだろうか。

出来る限りの自殺方法を考えていた。
トイレットペーパーと毛布を濡らして顔に、窒息死。トイレのドアに首を挟む。食事中に渡される箸。洗面中の歯ブラシ。着ているTシャツの袖は長い。首を圧迫、など。
自傷も考えた。
金網に指を入れて折る。壁に頭を強打。爪を剥ぐ。トイレのドア。あ、風呂で入水自殺は?飯を食わない。吐き戻し。など。
どれも2人部屋だと出来ないか。

少年室で楽しみだったラジオは、一般室では雑音がおおくてよく聞こえない。その代わり、窓の外から工事の音が聞こえてくる。生きてるっぽくていい。
昼間は部屋で筋トレをしていてもいいけど、本を読んだりノートを書いたりしたい。夜眠れないから、その時間に筋トレ。少年室は見回りがない間、看守の目を盗んで出来た。が、今は無理かも。部屋の目の前が事務スペース。シフトの愚痴とか、いろいろ聞こえてくる。

洗面は、顔を洗っても良いが、耳の裏まで洗うと注意される。手洗い場の両サイトに鏡的なものがあるので、端が使えた日はラッキーかも。歯ブラシや石鹸は、手洗い場に向かって立つちょうど目線のあたりにある小さなロッカーみたいなところにしまう。自分の番号が書かれたタオルがそのロッカーの下の手すり的なバーにかけてあって、その前の蛇口を使う。使い終わったら共用のタオルで手洗い場の水気を拭き取る。床を濡らすと怒られる。
他の人のロッカーを除くと、リップとかハンドクリームとかが入っているから、洗面時に使っていいのかも知れん。自分は買っていない。


昨日の取り調べ中に、担当刑事があからまな嘘をつくもんだから、物凄く気に入らなかった。疑っているなら疑っていると言えばいいのに、なぜ嘘をつくのか。つこうがつかまいが、こちらの話すことは変わらないのに。
すぐ顔に出る。ばかめ。
それまでは別段敵視していたわけではなかったが、なんだか嫌な気分になったので「黙秘権」を発動させてしまった。不利になることは無い、というのはどこまでなんだろうか。

本を読むかと聞かれ、読むと言ったら貸本リストを見せてもらえる。この貸本を、場内では「官本」と呼ぶ。
タイトルと作者名が書かれていて、それぐらいしか選ぶための材料はない。昨日は官本リストを見て選んでいたが、タイトルで選ぶと大体作者は「赤川次郎」か「東野圭吾」だった。ミステリー?推理?小難しそう。赤川次郎が特に。東野圭吾は読めるはずだが。
結局、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」にした。タイトルを目にしたことがあるような気がして。まだ読んではない。ノートが書けなくなってからでいいかな、と思っている。

借りれるボールペンは少し特殊な形をしている。芯の先1mm程しか出ていない。ペン先もケツも、回しても動かない。芯が取り出せないようになっている。

昨夜も過呼吸を起こしたが、布団に顔を埋めて押し付ければ呼吸がうるさく響くこともないので看守もとんでこない。静かが一番。
看守の耳に入れば怒られるだろうが、昼間は外の工事の音に声をまぎれさせて歌をうたっている。のびのび歌える日は、いつになるのかな。

「読まずに死ねない哲学名著50冊」を読んだ。外に出たら買いたい。数字に強くなることも必要だが、全ては仕組みを理解してからでなければ進まない。これは昔から自分の勉強のネックになっているところ。人生を長くするも短くするも自分次第であるとか、恋とは何なのかとか。古代哲学の時点で面白かった。近代位哲学も面白い。ただ少し疲れたので、今日はパス。

他の部屋から話し声や笑い声が聞こえる。ひとりは寂しい。だが、人数が問題なのかは自覚できていない。少なくとも、大好きなみんながいないのは寂しい。

30日だっただろうか、護送のバスに同乗した男が「シャバにいると気づかないけど、中から見ると、思ってたより10倍ぐらい自由に生きてたんだなって思いますね!」とか言ってた。お前は何に不自由を感じながら今まで生きていたのか…?と思った。
毎日毎日、自由を感じて生きていたんですが、みんなは違うのかな。仕事とか、学校とか、家族とか、そういうこと?しがらみだろうか。

自分に「帰る場所」がないこと、「守るもの」がないこと。今までしがらみを持たずに生きてこれた理由はきっとこの2つが大きいが、そのおかげで勾留請求が通ってしまう。しがらみというのは、時に資産になりうるのだな、としみじみした。担当刑事には「ひねくれてんなお前」と言われたが、実際そういうことではなかろうか。しがらみが好きな人間なんているのか。「一般的」って難しい。


今朝の朝食は当りだったが、食が進まない。腹の調子も悪い。冷えたのかストレスなのか。何にしても。ストレスが体調に表れるようになったここ数年。弱い自分が泣くたびに、体温が下がるのを感じる。現に、これを書いている自分が起きた日の検温では36.5℃を上回り、弱い自分のまま起きた日は35.8℃を下回る。

ふと思い出して眼鏡を借りられるか申し出たら貸してもらえた。そういえば必要か初めのほうに聞かれた。借りたいと答えたが忘れられていたのだろう。度はわからないがよく見える。

寝つきが悪いのはいつものことだが、常に腹の調子が悪い。食が更に細くなった。沢山の自分が混ざりあうことが増えた。思考促迫。
強いのが良いわけではないし弱いのが悪いわけでもないが、特にこの1年は人に甘えて弱くなったなという気はする。甘えられる相手がいることは幸せだが、反省もしている。ただ、おかげで自殺行為や自傷行為はかなり減った。甘えさせてくれてありがとう。みんなのおかげで、少しずつでも、自分がボロボロになっていく死に急ぐ人生がすこし前を向いてきました。

調べ中に、自分はどちらかと言えばいじめられる側だったと言うと驚かれた。見た目でなのか、話し方からなのか。そして相手は、「申し訳ないが自分は楽しい学生生活しか送ってこなかった」と言った。
何が申し訳ないのか。いちいち腹が立つ。自分が楽しくて申し訳ないと思うのは、いじめたことがあるかいじめを見て見ぬふりをしたことがあるかはないだろうか。イラッ。


部屋から見える窓は曇りガラス。外の景色は見えない。見える色と音で外の天気を感じ取り、空を想像する。最近は外出が好きだった。喫茶店で相方とメシを食うのも。公園に行ってギターで弾き語りをしたり、バイト先に通う道も好き。誰かと会うのも楽しくなった。人に好かれることが嬉しくなった。誰かを想うことが増えた。

気づけば相方の働く店に初めて行ってから一年以上がたっていた。会えなくて寂しいと思えることは良いことだと思う。前科持ちになった自分を、相方はどんな目で見るだろうか。逮捕されたことを知って見る目を変える人はどれだけいるのだろうか。自分としては、これが初犯であることが奇跡だと思うし、逮捕されたと聞いたら「まぁそうだろうな」とか「ついにやったかwww」とか、反応としてはそんなところかと思っているが、「みんな」というのは「死ぬ死ぬって言って死なないつもりで生きてる」生き物だから、「えっ、マジで捕まったの?」とかびっくりされてたりするのだろうか。

大切というか、自分を忘れて欲しくないというか、見捨てられたくないというか、そんな風に思う人が増えた。大事にしたいと思うものはその時々で変わるだろうけど、こんな風に沢山持っていたのか。
外に出てみんなに「ただいま」って言ったら、「お帰り」って言ってくれるかな。笑って待っててくれるだろうか。不安ではない。心配ではない。これはただの希望である。


トイレには窓があって、上半身だけが看守側から見えるようになっている。トイレっとペーパーは常にトイレのドアの前に置いておく決まりで、使う分だけちぎって持って入る。水洗。
持ち込み(ノートやボールペン等)と本や新聞は、決まった時間に部屋に入れてもらえる。基本的に部屋の中には毛布が2枚のみ。寝る時だけ布団と枕を自分で運び入れる。

少年室は四畳半、一般室は六畳半。ひとりで使うには広いが、じっとしていると気が狂いそうなのでウロウロと歩き回ってしまう自分としては、六畳半ひとりはありがたい。今書いているこのノートも、毛布を敷いた上に寝そべって書いている。ひとり部屋でなければできなかっただろう。案外快適。

メシは不味いが、1回5品と漬物と白米、朝は味噌汁もついてくるので至れり尽くせり。望んで捕まる人がいるのもわかる。まぁ、今いるここは留置所で、刑務所ではないからどうかはわからんが、何にしても、何も考えずに生きてられると思うとありがたがる人だっているだろう。そんな風に考えると、捕まえて塀の中に入れることは、罰なのか管理なのか、よくわからなくなってきた。更生させることが本当の目的であるならシンプルにやり方が間違っている気がするし、罰とするにはいまいちパンチが足りない気がする。人に会えないとか、娯楽がないとか、いちいち時間が決められているとか、そんな生活は一か月もあれば慣れ切ってしまうのではないだろうか。考えれば考えるほどフワッとしている。

担当刑事が「体力さえあれば警察の仕事なんてなんとかなると思ってた」と言っていた。あほか。結局体力だけではどうにもならないことを警察になってから知り、今頃苦労している、と。そういう人は少なくないだろうし、その場その場で学び、苦労するんだろう。できるようになったころには現場から離れていたり。
それって世の中の常って感じ。現場に関わる大体の部外者が、現場に立っているそれぞれの人の実験体だったり練習相手だったりするわけで、警察だって例外ではない。正義のヒーローだなんて期待をしてはがっかりする。
名詞で使うなら「お話」、動詞で使うなら「お話し」。こんなくだらない話を取調室で解説するとは思ってもみなかったが。お役所仕事だというのなら、せめて日本語ぐらいはそれなりに使えて欲しい。なるほど警察というのが誰に対しても高圧的な態度をとっているという偏見を持たれても仕方ないなと思った。


よろしければサポートお願いします! いただいたサポートは沢山の僕のやりたい事に使わせていただきます! きっと面白いと思わせてやるんだから…!!🙇💕