わたしの紹介。

はじめまして。くらつねです。
くらつねってあまり聞かない苗字だけれど、残念ながら本名です。高確率で読み間違えられるような漢字です。独特な苗字の苦労話はまた今度。

私は、27年前に鳥取県の倉吉市で生まれました。

赤ちゃんの頃からベビースイミングに通っていたらしく、一番古い五感の思い出は水の感触。
未だに自分のことを いるか か何かだと思っている節があります。

今現在は、水族館…ではなく、隠岐國学習センターという公立塾で、塾講師と言うんだか何と言うんだか、少し不思議なお仕事をしております。

ん?隠岐?とお思いの方は、今すぐ日本地図をご覧ください。
島根県から北のほうに目線をズラすと、ぷかぷかと浮いているかわいい島がいくつかあるはずです。
その中の中ノ島というところに現在は住んでいます。
市町村名で言うと、海士町、という場所です。

この島に来たのは、2018年4月。
移住してから2年経たないくらいですね。

中ノ島は、後鳥羽上皇が島流しの末たどり着いた場所。
祖母にとっては隠岐の島は流刑の地というイメージが強いようで、海士町に移住すると最初に伝えたときは「何でまたそがなとこに…」とひどく動揺されました。

祖母が動揺するのも当然。
それまで私は地元鳥取県の公立高校で国語の講師をしていたのですから。
国立女子大を卒業し、地元の公立高校で教員なんて、自分で言うのも何ですが、祖母にとっては自慢の孫だったと思います。

そんな絵に描いたような現実に青天の霹靂。
あ、海士町に移住!?!?しかも教員じゃない!?!?

私が祖母の立場なら、めまいがしてしまいそうですね。

さらにめまいがする事件が起きたのは私が移住して初めてのお正月。
事もあろうに、私は海士町でできた恋人をつれて倉吉に帰省したのです。

一緒に暮らすことを決めていたので、その挨拶に、と思ってつれて帰ったのですが、私の家族にとっては大騒動。
彼が家に来るというのは一体どんな意味だろうと、祖母・伯父・母で作戦会議をしたんだとか。

その日、伯父はなんだかいつもと違う雰囲気で、緊張しているのかと思いきや、後日談によると「どんなもんか試してやった」と言っていたそうな。
その伯父のよくわからないテストの結果、恋人は家族全員から「いいやつ!」認定を受けたのでした。
なんだかそれもあってかだんだんと「海士町移住」の衝撃から祖母が立ち直っている気もします。

幼い頃から、数年に一度、誰もが驚くような選択をしてしまう私。初めて親に衝撃を与えたのは、幼稚園不登校事件かな。それとも自分で散髪事件の方が先だったかしら。

普段から変わり者なら良いのですが、普段はまあまあ優等生。突然起こる不可解な事件に、みんなを呆然とさせてきた人生でした。

私は根っからの台風人間なのだと思います。
「ええい!」と思いきるパワーが強すぎる、というか。普段との差が大きすぎるというか。

数年間サイクルで、「ええい!」期が来ている気がするので、もうそろそろ来る頃かしら。
次は祖母が驚かないような伝え方をしなくては…!


このnoteでは、そんな台風人間な私が、普段の生活を書き記したり、考え事を書き留めたりして使う予定です。

みなさまごゆるりとお付き合いください。

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