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[#1]繰り返される残酷

 私は死んだ。パライバトルと呼ばれる人々の世界で私は事故で死んでしまった。そうして、私は終わったと思っていた、筈だが目の前には見たこともないような様相の何かが居た。首の上に浮かぶ一つ目をギョロリと動かし、手を私に伸ばし触れたと認識した途端目の前の何かは浮いていた瞳をパッと消失させると私は下へ大きな力で引き寄せられる。
 次に景色を目にした時そこは灰色の世界で、とても静かだった。足を動かすと私の立っている地面から水音が鳴る。音につられて下を見るとおぞましいもので溢れていた。生き物、文字、言葉、絵と様々なものがゴミのようにぐちゃぐちゃになって中に見えた。それらはもう意思も、意味もない、何も無いようで、ただ灰色の中で漂っている。
 じわじわと嵩が増えていたらしく今私の足は灰色の中に居た。灰色に浸っている私の足は既に感覚がなく頭の中が混乱する。なんで浸かっている足は感覚がないのだろう、そもそもここはどこで、このなにか失っていく様な感覚は何なのだろう。
 嵩が増えていく。膝、太腿、腰、腹部、胸とどんどん上がってくる灰色の何か。だんだん私が溶けていく。きえる。私の存在が溶ける、混ぜ合わせの灰色と私も混ざる。
 私は何故ここにいるのだろう。私は、どんなものだった? わたしは――。
 
 とぷん。また一つ灰色が取り込んだ。これで何度目か、灰色は分からない。最初は何だった? 最後は何だった? 己はどこにある? 頭もないのに頭が痛む気になる。腹などないのに腹の中をぐちゃぐちゃに乱される感覚になる。灰色は何も分からない。己の全てが矛盾し、繰り返され、そして意味もなく生まれ、消える。そうして灰色は考えられなくなる。余りに多くの思考が混ざってしまった。あまりに多くの欲望が託されてしまった。灰色はただ上を見上げ落ちてくる認識できない何かを取り込む。それが灰色に残った唯一の目標だった。
 灰色は時間を認識できない。全てがあって、すべてがない。意味がなくて、価値がない。それが灰色の何かだ。灰色にも名前はある。一つ目の異形頭の存在によって名づけられている。その名は沼芥。漢字の示す通りの意味を付けられている。一つ目の異形頭はその名を選別者。選別者は人々の住む世界、普遍と選別者に呼ばれる場所の死者、衰退した文化それ以外も全て、価値のあるなし、意味、意義のあるなし。本質を持つか、持たないか。そうして区別し不要な塵芥を灰色の沼芥の居る選別者が混沌と呼ぶ世界に落として処理していた。
 沼芥はただ落ちてくるものを飲み込み、選別者は意味あるものを記録、保持しておく。そうやって取捨選択されているのを人々は知らずに生き、死して初めて知るのだった。幾度となく選別者は捨てた、幾度となく選別者は与えられた通りの行動をとり続ける。それがどれだけ人間を傷つけ、苦しめたか。なんって残酷なんだろうか。