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【二部作】フォトグラフ

「もう、いつも撮るなって言ってるだろ」

唐突にスマホのレンズを向けたボクに、彼はそう言う。しかしその言葉の後は、そんなボクにちゃんと笑顔を見せてくれるのだ。その姿を逃さないようにボクはシャッターボタンを押す。そして少しだけ、肉眼で彼のことを捉えた。ただ彼は眩しすぎて眩しすぎて、スマホ越しでないと直視することが出来ない。冗談でも誇張でもなく、それほど彼は輝いて見えた。これが、ボクが彼をいつも写真に収めている理由のひとつ。だからボクはもう1度、スマホを彼の前にかざす。

「たまには俺以外も撮ったら?」

画面に映る顔は呆れている。無理もない。彼から見れば、いや実際にボクは彼の写真ばかり撮り続けているのだから。それでも、ボクは彼を撮り続ける。画面越しの彼も諦めたようで、またにっこりと笑った。


 彼はいわゆる「モテるタイプ」だった。顔が良いのは勿論のこと、成績優秀でスポーツだってかなり出来る。そしてそういう人は大抵、性格だっていいのだ。彼も例外ではなく、優等生と呼ばれていても何も違和感はないような人物だった。そしてその上で、彼は決して高嶺の花ではない。学校トップの成績を争うエリートとも、スポーツの技量で推薦されるようなアスリートとも違う。だから彼は凄くモテている。だがボクにとって、それらはどうでも良かった。ただ彼の存在が眩しくって仕方がない、脳みそに焼き付いて忘れることが出来ないのだ。それは彼の顔が良いからだろうと、他人は言うかもしれないけれど、全然違う。言葉で上手く表すことが出来ないが、彼が彼である以上、何があろうともその眩しさはきっと失われたりしない。尤もそれならば笑顔に固執することはなくて、どんな時でも輝いている訳だけど、それでもボクとしては彼には笑っていて欲しい、幸せであって欲しいと思っているので、いつもその瞬間を狙って写真を撮るのだ。


 今日はいつもより少しだけ早く家に着いた。風呂もきっとまだ沸かないから、撮った写真をプリントアウトして自室へと向かう。割と散らかった部屋ではあるが、彼の写真を入れているアルバムは一瞬で見つけられる。ペラっという快音を鳴らしながら、ボクはそのアルバムのページをめくっていった。何枚も何枚も何枚も、ボクが今までに撮った彼の写真が今日もまた新しい色を見せて輝く。そしてそれらは殆ど笑顔だった。円グラフで示せば、その約99%が最高の笑顔になることを知っている。しかしその円グラフは、たった1枚、彼の泣き顔の写真の存在だって示してしまうことも、ボクは知っていた。……今日の分の写真をしまい、アルバムのページを数ページ分前まで繰る。たった1枚だけの彼の表情。いつも通りスマホのレンズを向けながら彼に近づくと、突然泣き出して、驚いたボクは顔を上げた拍子に思わずシャッターを切ってしまった。これはその時の1枚。どうして突然泣き出したのか、ボクは全く知らない。確か翌日それとなく聞いてみても、上手くはぐらかされた筈だ。特に彼の身に何かがあった訳でもない気がするし。

「それでも、何でだろう」

ボクはこの写真をプリントアウトして、沢山の笑顔の写真と一緒にこうして大切に保管している。だから、ボクの大切なグラフが100%同じ色で埋まることはない。勿論、それでいいと思っている。それがいいと思っている。……アルバムを閉じる。風の吹く音に耳を傾けながら、思いっきり伸びをした。



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