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県立高校国語科教員がクラスの生徒たちへ自己開示を目的に始めたミニエッセイ集です。 決し…

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県立高校国語科教員がクラスの生徒たちへ自己開示を目的に始めたミニエッセイ集です。 決して上手な文章ではありませんが、どれも無骨な私らしい文章で気に入っています。

最近の記事

細やかな嗜好品

 中学生1年生の夏頃だったか、深夜になると1つ年上の兄の部屋からクスクスと笑い声が聞こえるようになった。  翌朝、目の下にクマを作った兄に問いても何をしていたのか教えてくれない。いそいそとパソコンに向かって何やら作業をしている。兄が秘密にしているその笑いの源がやけに気になった。  兄がパソコンから離れた隙に兄が何をしていたのかをつきとめようと、パソコンの中を覗き込んだ。そこには「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン」とあった。私が初めて深夜ラジオに出会った日である。  

    • 心の「土壌」を耕すこと

       昔から「友達が多いね」と言われる機会が多かったように思う。実際、廊下を歩けば会話が始まる機会が多かった。学生時代はそんな自分を少し恥ずかしく思ったものだ。  「友達が多いね」と声をかけられるたびに「付き合いが広く浅い人なのね」と、自分の存在の軽さを指摘されている気分になった。  私だけが感じていることかもしれないが、どうもこの国は「広く浅い」よりも「狭く深い」を好む人が多いように思う。「狭く深い」何かに向き合う人の方が誠実な人だと捉えられるからだろうか。実際、そうなのか

      • あなたの芝生も私の芝生も青い

         昨年3月に入籍をした際、周囲から多くの声をかけてもらった。「おめでとう」「今まで以上に幸せになってね」「お仕事との両立大変だと思うけど頑張ってね」「もう気軽に誘えなくなるね」「先越されちゃったわ」「急に焦りがでてきたわ」  当事者になってみて改めて見えてくるものがたくさんある。しかし、当事者の私だからいえない言葉もたくさんあった。  私はあくまで入籍をする道を選んだけど、あなたの人生を全く否定するつもりもないし、私から見ればあなたの生き方を羨ましく思うこともたくさんある

        • カレー

          つくづく文化や教養は、人格を形成する上で非常に重要な事柄であることを実感する。  我が家のカレーはじゃが芋が入らない。母が煮たじゃがいもを好まない(ほくほくとした感じがどうも苦手らしい)からだ。さらにはごろごろと大きな野菜の触感も好まず、そのため我が家のカレーはトマトと玉ねぎを原型がなくなるほどとろとろに煮込み、香りづけにみじん切りのピーマン(苦みが程よく加わり味の深みが増す)と、こま切りの豚肉もしくはひき肉、いちょう切りのにんじんで彩られる。これだけで十分特殊なカレーで

        細やかな嗜好品

          パクチョイ

           大学院一年生の夏、一週間程イギリスを旅した。ロンドンでは一日中お買い物をしたり、リヴァプールではビートルズが演奏していたライヴハウスへ行ったり、コッツウォルズでは田舎道をお散歩したり、とにかく沢山の場所を訪れた。  そんな旅の道中、ロンドンのベトナム料理屋さんで「フォー」を食べた。「フォー」とはタイのライスヌードルのことである。そんな「フォー」にはパクチーが入っている。私はパクチーが得意でない。メニューを見てみるとやはりpak choiと書かれている。私は慣れない英語で店

          パクチョイ

          勝負弁当

           桃を見ると思い出すお弁当がある。大学四年生の夏に食べた母の手作り弁当だ。  大学四年生の夏に教員採用試験があった。午前午後に別れて試験があると知った母は、私よりも早く起きてお弁当を作ってくれていた。照れ臭さと申し訳なさがあったものの、大事な局面では何故だか母の手料理が食べたくなる。  私は中学受験をした。受験した学校は県下有数の中高一貫の進学校で、毎日のように遊び呆けていた小学6年生の私には中々の難易度であった。それでも祖母の希望もあり、その学校の受験を決めた。そして無事

          勝負弁当

          最愛へ

          ※前回あげたものをクラス通信用に再度練り直したものです。 先日、最愛の愛犬が亡くなりました。  1月から何となく前足を引きずり始め、病院へ通うも「老化」とのことで大した治療も受けられずにいました。それにしても日に日に悪くなる一方で試しに別の病院へ行くと、末期の骨肉腫であることが判明しました。(肩の骨が既に溶けているとのことでした。)  以前のかかりつけでは足をひきずっていたため、ギプスをはめられており、それが今日までどれだけ痛かったかと、考えるだけでも不憫で不憫で仕方がな

          最愛へ

          『別れが人を強くするなら、一生弱くていいと思った。』

           先日、最愛の愛犬が亡くなりました。  1月から何となく前足を引きずり始め、病院へ通うも「老化」とのことで大した治療も受けられずにいました。  それでも日に日に悪くなる一方で一度別の病院へ行くと、末期の骨肉腫であることが判明しました。(肩の骨が既に溶けているとのことでした。)  以前のかかりつけではギプスをはめられていたようで、それがどれだけ痛かったか、考えるだけでも申し訳なさで胸がいっぱいになります。  二つ目の病院へ行ってからは嘘のように容態が悪くなり、手術すらできな

          『別れが人を強くするなら、一生弱くていいと思った。』

          木から落ちた猿の行方

          ※数年前にほけんだよりに掲載するために書いたものです。  「猿も木から落ちる」という言葉がありますが、皆さんはこの猿が木から落ちたあと、どのような行動に出たか、考えたことはありますか?  自分に「これだけは誰にも負けない」と思える特技がある人は、自分なりにその特技に対して、努力をしてきたからこそ、特技といえるまでになったのではないかと思います。しかし、そんな特技が伸び悩んだとき、あなたはどういう行動に出るでしょうか。  私は3歳からバイオリンを始め、また中学1年生の時に

          木から落ちた猿の行方

          ケーキ

           ホールケーキを見るたびに、決まって父を思い出す。  幼少期、自身の誕生日にはお祝いのケーキを父と切る権利が与えられた。今振り返ると、なんてことのない権利なのだが、当時の私にとっては365日のうち一回しか訪れない何とも特別な権利だった。そして私は何よりもその権利を楽しみにしていた。  ろうそくの灯りのみで照らされた薄暗い部屋の中、父と手を重ね包丁を持つ。反対側ではろうそくで照らされた母と兄の顔がある。ぼんやりと薄暗い中でもきらきらと目を輝かせた兄と、満面の笑みでこちらを眺

          ケーキ