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【たった20分という世界の中で】

『20分』


この短い時間で、
一体僕たちは何が出来るのだろうか?

お風呂に入る時間。
髪をセットする時間。
定食を食べる時間。

僕の日常の20分はこんなもの。

たった「20分」という時間の中で
人が出来ることなんて限られている。
せいぜいこんなものだ。


だけど、僕はこの日。
この20分という短い時間で誰かの人生に触れ、
結婚式を創り、未来へと繋げようとしていた。

2022年3月19日。
まだ少し肌寒さの残る、春。
今回のフリーウェディングキャプテンの依頼は
『人前結婚式』のみ。

僕の長い「結婚式」「キャプテン」人生において
最も短い時間、刹那のクリエイティブとなる。


場所は群馬県県前橋市。
創業300年の旅館『白井屋』が生まれ変わった、
今話題のアートホテル『白井屋ホテル』

このホテルの建築は
世界中から建築家、アーティスト、デザイナー達が
それぞれのクリエイティブを持ち寄り、
掛け合わせ、創られた。

僕は「アート」というものに
これまで興味を一切、
持ってこなかったので。
全然詳しくもないのだけど。

しかし、何故だかここでは
物凄く不思議な「チカラ」を感じ、圧倒された。

アートというと
「想像力」と「創造力」が必要な世界。

ビジュアル(視覚)的な美しさはもちろんのこと。
誰かへの想いや、
この空間で過ごす人々への
願いを感じることができるもの。

アートはアートだけで完成せず。

そこで流れている音楽。働く人たち。
取り込まれた光と影。
そして、それを見る人達の感情や想い。
いろんなものが相まって完成する。
そのための「余白」を残している。

「結婚式創り」と凄く似ている気がした。



いつもは沢山のお客様で賑わう、
『白井屋ホテル ザ・ラウンジ』

その場所は、結婚式当日の朝。
いつもと表情を大きく変えていた。

今回の結婚式。
ウェディングプランナーは佐伯エリさん。

彼女は独立教会での、長年の経験から
本質的で、心へ深く届けられる「人前結婚式」に
誰よりもチカラを注いでいる人だ。

余分なものを削ぎ落とし。
本当に大切なモノを際立たせるために。

そして、そこに残ったのは
「言葉」と「音楽」だと彼女は言う。

その彼女が創る『音楽人前結婚式』

その要とも言える「言葉」は
新郎新婦様から引き出したモノを
佐伯エリ自ら司会となり、
美しい言葉で場を整え、導く。

そしてもう一つの要。
「音楽」を手掛けているのが
作曲編曲、エレキ、ウッドベース奏者
音楽家の大澤アツノリさん。
佐伯エリが結婚式の音楽において
絶大な信頼を寄せている人。

大澤さんと佐伯さんが
何度もここへ足を運び、想いを馳せて
この日、この場所のためだけに創られた
オリジナル曲が、この日使われた。


彼女の創る音楽人前結婚式は
新郎新婦様の挙式リハーサルの前に
必ず「音楽リハーサル」が入る。

この日も大澤さんのピアノ演奏。
佐伯エリさんの言葉。

この二つを掛け合わせ、
タイミング、スピード、ボリュームなど
繊細に何度も何度も確認を行う。

この音楽リハーサルの様子を
僕は動きのタイミングを確認するため
遠いところから俯瞰で見ていた。

その時。僕の体の芯、心の奥の何かが、
ブルっと震えたのがわかった。

優しく、繊細でありながらも、
圧倒的な美しさとチカラを放つ「言葉」と「音楽」。

その言葉と音楽がどれだけお客様の心に響き、
想像力を駆り立て、感情を解放させるものなのか
分かるから。


僕は少しだけ、怖くなった。


人の心をノックし、動かせる為に。
綿密に練られた音楽と言葉。
そのタイミングは「一秒」の誤差も許されない。


僕がどのタイミングで、エスコートするか、
挙式で使われる手紙やマイクを持っていくか。

ここも上手く噛み合わせなければ、
きっと言葉と音楽を汚してしまう。
そう思った。

美しい音楽と言葉により、
お客様が過去や未来に想いを馳せている時。

「動くもの」に気を取られてしまうと、
一気に引き戻されてしまうからだ。

「聞かせる」タイミングでの動きは
極限まで排除しないといけない。

僕がこれまで2000組以上、
ウェディングパーティーを経験して
培ってきたもの。

ここでは、そのほとんどが通用しないと分かった。

リハーサル途中、心配になった僕はあるシーンに対して佐伯エリさんに尋ねた。

「このタイミングで動けば良いですかね?」

こんな質問が出る自分にも驚いた。
普段の自分なら絶対に有り得ない。


「パーティー」とは違う「挙式」

今までと全く違う「クリエイティブ」

繊細な言葉と音楽。

呼吸音すら漏れてしまいそうな静けさ


不安と怖さが僕自身を飲み込んでいたのだろう。

そして、そんな僕に佐伯エリさんはこう返す。

「任せるよ。あなたは真っ直ぐ。思うように
やってくれれば良い。」

そうだった。
「佐伯エリ」はそういう人だった。


彼女はお客様の大切な想いを
クリエイター達にリレーし、全力で預ける人。

「預けられない人は現場には呼ばない」

「結婚式当日に生まれるプロフェッショナルの
クリエイティブが一ミリでも二ミリでも、
結婚式を輝かせてくれること。それを信じたい。」

いつだってそう言っていた。


我に返ったように、僕は自身がこれまで積み上げてきた「感度」を信じ、お客様の未来に想いを馳せた。

音楽リハーサルと、
新郎新婦様を含めての挙式リハーサルを終えると
ご親族様が続々と来館した。

そのまま挙式会場となるラウンジのソファに
腰かけていく。


ホッと一息つく間も無く、
挙式が開式となる。

静寂の中。
ピアノ演奏が始まり、
佐伯エリの言葉がそれを追いかけた。

音が鳴り始めると、会場の空気は一変する。
そこに集まった全員が「耳」と「心」を傾ける。


そして、新郎新婦様は一段一段ゆっくりと
何かを噛み締めるように自分の足で階段を降り、
皆様の待つ、会場へと進む。


佐伯エリさんの創る音楽人前結婚式には
新郎新婦様とゲストの「想いの交差」が
体現されるポイントがいくつかある。

挙式会場へ入場を終えた新郎新婦様は、ご両親様に向けてそれぞれの想いを手紙にして伝えた。


僕はキャプテンとして、何ができるだろう?

そう考え続けた結果、
答えは本番まで出ていなかった。

だけど、その本番中。
少しだけ緊張したままの2人に向けて
手紙を渡す際、一言ずつ添えさせていただいた。


そこに書かれた「文字」を読むのではなく、
大切なご両親様への溢れる「想い」と「感謝」を
余す事なく届けてもらうために。

そこに綴られていたのは、新郎新婦様と、
そのおふたりを大切に育てて来られた
ご両親様だけが知る世界。

そして、その時に伝えられなかった想いが
丁寧に、確かめるように明かされていく。

優しい表情で、大きく頷くご両親様を見れば
どれだけの深い愛情を注いできたのか伺える。



そして、今度はご両親様からおふたりへ。


長年、夫婦、パートナーの関係で支え合い、
日常を守り抜いてきたその「先輩」として。
これから羽ばたく大切なふたりの「親」として。

力強く、愛溢れる言葉で、
新郎新婦様の目を見て話されていくご両親様。

こうやって「結婚式」「挙式」という時空を介して
「想いの交差」は優しく美しく体現されていくのだった。


新婦ご両親様からの想いを伝え終わったその時。
もう一つの「想い」が動く。


「これを...」と言って取り出されたのは、
沢山の思い出の写真と言葉が綴られた「色紙」

新婦妹様がそれを持って新婦様のところへ進む。

「パーティー」という舞台で戦う僕は
こういった突然のサプライズや
進行予定とは違うイレギュラーはよくある事。

ただ、この時完全に「挙式」というモードに
入っていた僕は、少しばかり戸惑った。


挙式は美しく描かれたシナリオの中で
新郎新婦様、ご両親様、ゲストが様々な想いを巡らせ、誓いを立てる。

僕自身もこういったサプライズが起こるとは
少しも思えていなかった。

妹様が持っていく色紙。
僕がいる場所からうっすら見える内容。
そこにはおそらく大切な家族の「軌跡」が
描かれている。
そして、この後に控えるのは指輪交換。

新婦様の持つブーケを預かりにいくその道のりで、「どうする?色紙もそのまま預かるのか?」と考えた。

パーティーなら迷わず飾ったが、
飾る場所も用意されてない。
緊張感溢れる静けさの中、
スマートに動けれなければ、
その場(空気)は美しさを失ってしまう。

ギリギリまで迷いながら
僕は新婦様に手渡された色紙を預かり、
ラウンジ前方のテーブルの上に、
そっと飾らせていただいた。


このシーン。
そのまま色紙を僕が預かっていても
決して「間違い」ではないはず。

だけど、僕は。
「一ミリでも深く」を諦めたくなかった。

その時の挙式会場をもし、写真に撮ったとしたら、
片隅に映るのは「小さな色紙」なのかもしれない。

だけど、ラウンジの片隅のローテーブルに
一つの家族の「軌跡」と
誰かの「大きな愛や想い」を残してあげたかった。

キャプテンとしてのアクション、
最後の決め手となり僕を動かしたのは
そんなご家族の優しく温かな想いだった。


そのあとに続く指輪交換。
ここでもサラッと指輪を交換したりはしない。
「想いの交差」はまだ続いていく。


指輪を持ち、相手の手を握る。
これから人生を共に歩んでいく、
愛する人の目を真っ直ぐに見つめる。
そこで佐伯エリから語られるのは
新郎新婦様それぞれが相手に向けた想い。


僕たちは結婚式のプロフェッショナルとして
幾度となくこのシーンを目にしてきたけど。
そのどれとも違う「指輪交換」が成立する。

感謝の気持ち、好きなところ、
夫婦としての在り方、これからのこと。

そんな想いを確かめ合って、相手の目を見てると
右手に持つ指輪も少しだけ重く感じるのかもしれない。


挙式はラストシーンへと向かう。
佐伯エリの言葉と美しい音楽がまた紡がれていき、
そこにいる全員がふたりのこれから。
その未来に想いを馳せて見守る。


そこに起こる「承認の拍手」

家族だけの小さな結婚式。
優しく、温かな拍手を受け、
新郎新婦様はその景色を見つめている。

挙式はこれで無事に結んだ。
時間はちょうど開式から「20分」だった。




たった「20分」という時間の中で
人が出来ることなんて限られている。
せいぜいこんなものだ。

『20分という世界の中で。』


もしかしたら、愛を確かめ合える。
もしかしたら、後悔を無くせる。
もしかしたら、覚悟を決められる。
もしかしたら、気づかなかった想いに触れられる。
もしかしたら、ありったけの感謝を伝えられる。


結婚式という時間と空間は、非日常というけれど。
実はもの凄く日常の中にあって。
長い人生の曲線の一部分にしかすぎない。

だけど、その当たり前にある日常を
こんなにも尊く、美しいものだったのだと、
気づかせてくれる。
そんなチカラが結婚式にはある。


人は、どうも遠回りが好きみたいで。
いつだって言おうと思えば言えることを
後回しにしたり。

「絶対」なんてこの世には存在しないことを
誰もがわかっているはずなのに。

この日常が絶対に来ると信じて疑わず、
いつからかその日常の尊さや美しさに
気付けなくなってしまう。


僕たち結婚式の創り手にできることは
決して多くはない。

だけど、僕たちが導く
結婚式という時間や空間の中で
そんな大切なものに気づき、守りたいと
確かめてもらうことはできるはず。


未来をほんの少しでも、温かく。輝かせる。
そして、支え、励ますことができる。


僕が触れさせて頂いた「20分」は
誰かの大切な、長い人生の時間だった。

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