見出し画像

中国の絵本「区寄杀贼」の和訳

はじめに

この絵本は杨永青(楊永青)という方によって描かれています。
「区寄杀贼」は、日本の新字体に変換すると「区寄殺賊」。
区寄(くき)は人名なので、「区寄、賊を殺す」というそのままの意味です。

私は中国語を学び始めたばかりで、その学習のためもあってこの絵本を読み始めました。

小説だとさすがに、たった1ページ読むだけで長大な時間が必要でしょうが、
絵本だと1ページ数行かつ、全部で20ページくらいなので、いくら時間をかけても焦燥感がありません。

文章も子供向けでわかりやすいので、言語学習の初歩は絵本に限る!と親指を立てました。

ま、そういう話はここまでにしておきましょう。

日本語しかわからないのに、この絵本を買った人はまずいないと思いますが、
せっかくなので私が訳したものを、お目汚し失礼したいと存じます。

「区寄殺賊」で調べても、とくに日本語で詳しい情報がないことから、
日本ではあまり有名な話ではないのでしょう。

なので中華圏でよく知られた、
民話の一つとして知っていただければ本望です。

私の未熟故に意訳を多々含んでおりますので、ご覧の際はご注意ください。

あとがきには軽く調べた解説を掲載しています。


本文

昔々、十歳に満たない年少の男の子がいて、名前を区寄(くき)と言いました。
彼の家はとても貧乏で、小さな頃から人の牛の世話をして働いています。

隣の家にも少年がいて、区寄は彼とすごく仲良しでした。
しかしある日、彼が”人売り”に拐(さら)われてしまったのです。

彼の家族はみんな、それはそれは嘆き悲しみました。
区寄もひどく悲しい気持ちになって、いっぱい泣きました。

区寄はお母さんに尋ねました。
「どうして役人に通報して、人拐いの悪人を捕まえないの?」
お母さんは言います。
「人売りが子供を拐うのはね、役人へ奴隷として売るためなんだよ。
 だから役人はヤツらを野放しにして、それどころかかばっているんだ。
 なのに、どうしてアタシら貧乏人を助けてくれるんだい…!」

ある日の早朝、区寄は牛と一緒に野原へ仕事に出かけました。
牛に草を食べさせるためです。

牛は青草をおいしそうにかじっています。
区寄は牛の大きな身体の上に乗っかり、小鳥の歌声を聞いていました。

のどかさに区寄の悲しみは少し和らぎましたが、彼は知りません。
二人の人売りが、まさに小藪(こやぶ)の後ろに隠れているのを・・・。
四つのギラギラした眼が、しっかりと区寄を睨みつけているのです。

二人の悪人は周りに誰もいないかよく確認すると、
突然飛び上がり、区寄の口を抑えつけ、
うっそうとした林の中に引きずり込みました。

区寄は拐われたのに気づくと、大声で叫び散らして、命がけで反抗します。
二人の悪人は彼を黙らせようと、木の枝で思いっきりブッ叩きました。
そして刀を喉に突きつけ、静かにするよう脅したのです。

区寄は反抗しても無駄だと悟って、
とても怖がっているフリをしながら、おとなしくじっとする事にしました。

二人の悪人は区寄が屈服したと思い、嬉しくて仕方ありません。
そこで彼らは、手持ちの肉やお酒の瓢箪(ひょうたん)を取り出し、
大いに飲み食いを始めるのでした。

二人の悪人はお酒もご飯も、満腹するまで味わうと、
区寄の手足を縛った縄をざっと確認しました。
それから刀を地面に突き刺して、ごろり横たわると、眠り始めました。
”ヒゲデブ”の方の悪人なんて、ガァガァと響く、うるさいイビキをかき始めています。

区寄はこれに乗じて逃げるつもりです。
彼は地面に刺さっている刀を見て、眼を輝かせました。

音を立てないようこっそり身体をそちらへ近づけ、
両手をくくっている縄を、刀の刃でそっと擦(こす)ります。
しばらくすると、縄を切り断つことができました。

区寄はそっと後ずさり、今にも駆け出して逃げようとした、その時。
ふと、ある考えがよぎり、胸の奥に火が宿るようでした。
「ぼくはきっと逃げきれるだろう。
 だけど、この悪人達は罰せられず、これからもたくさんの人を苦しめるに違いない!」

区寄は、”悪人を殺す”と決心しました。
彼らに拐われた子供たちの仇に報いるため。
そして、将来被害に遭うかもしれない子供たちのために。

区寄は地面に刺してあった刀を引き抜くと、
イビキをかいている”ヒゲデブ”の元へ近づきます。

区寄の手はガタガタブルブル、ひどく震えていましたし、
心臓はドキドキバクバク、喉から飛び出てきそうでした。

それでも最後、
歯を食いしばり、高々と刀を振り上げて・・・・・・。

別の悪人が物音を聞いて、くっと起き上がると、
彼の仲間が殺されたのが目に入り、呆気にとられました。

区寄は身を翻して走り出します。
悪人も正気に戻ると、長い足を踏み出して、みるみる追い上げてきます。

区寄の身体は小さく、また殴られて傷だらけだったので、うまく走れません。
今にも悪人に追いつかれしまう、その時。
彼は逃げるのを辞め、堂々と悪人へ向き直りました。

悪人は彼を殺そうとしましたが、区寄は言います。
「お前はぼくを殺して、一体何を売って、お金にするつもりなんだ?」

悪人は区寄の予想通り、殺すのを思い留まりました。
しかし凶悪な顔で睨みつけ脅してきます。
「お前がもし言うことを聞かなかったら、オレはすぐ、一太刀でお前を殺すからな!」
区寄はやむを得ず、彼に従って歩くしかありませんでした。

夜になって隠れ家に着くと、
悪人はひどく疲れを感じており、ぐっすりよく眠りたいと思いました。
でも今度は彼も慎重になっています。

区寄の手足を、以前よりしっかり完璧に縛り、
刀は自分の枕の底へ押し込んで、自分の頭で押さえつけるよう横たわりました。

準備を整えると、ほくそ笑んで悪人は内心呟きます。
「これでどうやってお前は逃げられるかな?」

区寄は眠ったフリをしました。
しかしこんな状況でも諦めずに、かえって心の中では逃げる方法を考え続けていたのです。

悪人は区寄の逃亡を怖がって、明かりを消して眠る勇気がありません。
そこで小さな油灯の明かりだけ灯すと、しばらくして眠りに着き始めました。

※油灯…読み:ゆうとう。オイルランプのことで、この場面では小鉢に油を溜めてるような、粗末なものをイメージしてもらえればよいかと。中国では伝統的に豆油が使われていた、らしいです。

区寄は小さな油灯の火を見て、良い考えを思いつきました。

彼は小さな油灯へ身体を近づけると、手を縛っている縄を火で焼こうとしました。
縄に火が着くと、手の皮や肉に火傷を負って、ひどい痛みが走ります。
しかし、区寄は刃を食いしばって懸命に耐え続けました。

しばらくすると、縄が切れました。
区寄は抜き足差し足、悪人のそばへ近づくと、
こっそりこっそり枕の下に押さえつけてあった刀を引き抜き、バサリ。
叩き斬ったのです。

区寄は悪人を殺すと、やっとのことで家に駆け戻りました。
そして、母親の懐に飛び込むと、事件の一部始終について話しました。
彼の家族は一緒に抱き合って、泣いたり、笑ったりの大騒ぎです。

村の人々がこれを知ると、みんな区寄のお見舞いに訪れ、
区寄の傷を介抱したり、美味しい食べ物をたくさんたくさん届けてくれました。
そして誰もが、区寄は賢くて勇気のある良い子だと、褒め称えてくれています。


あとがき

実は区寄というのは実在の人物らしく、
「区」は簡体字・新字体なので、本来の字を考えると區姓でしょう。
ただ「歐」と同音で、百家姓には「歐」の方が載っていますし、
現在も人口的にこちらの方が多いようなので、歐姓だったのかもしれません。

区寄は唐の時代、郴州(ちんしゅう)の人で、
金太郎の様に偉くなったわけでもなく、ずっと庶民だったようです。

その庶民の区寄が、どうしてこんなに有名なったかというと、
柳河東としても知られる役人・文学者の柳宗元が、
この悪人退治の話を聞いて「童区寄伝」を著したからでした。

この「童区寄伝」は唐代伝奇として今世紀まで伝わり、
日本語に翻訳されたものが、東洋文庫さんの「唐代伝奇集 1巻」で読むことができます。

恥ずかしながら私自身、そちらは未見なのですが、
原文の内容が気になった方は、Kindle版もありますの是非お手元にいかがかと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?