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人生を振り返りながら己を知る 大学、部活のリアル

前回少し話が逸れて大学生活の話が
あまり出来なかったので
大学サッカー部での経験を
振り返ってみる。

大学のサッカー部には
当時約100人程の部員がいた。

100人もいれば
同じサッカーという共通のツールでも
色んな考え方、目指すべき道が異なる。

・プロのサッカー選手を目指す者
・部活経験をもとに有名企業への就職を目指す者

大きく分けると
この2つになると思う。
どちらも素敵な事だ。

プロのサッカー選手を本気で目指す者は
卒業に近付くにつれて数を減らし、
3年時終わり頃には
全体の約2.3割となっている。

歳を重ねるにつれ、
タイムリミットが近付くにつれ、
人は現実的な決断を迫られる事が多い。
いつまでも親のお金で生活させてもらうわけにはいかない。

どこからも声が掛からず
サッカーでも会社でも
就職先が無いと言った
リスクを考えると
自分の子供の頃からの夢を
追い求めるのかどうか悩ましい所だ。

サッカーで
ご飯を食べて行けるかどうかの
保証なんて無いし、
たとえプロのサッカー選手になれても
何年でクビを切られるかもわからない。

会社に就職して、
どちらかと言うと
サッカー選手よりかは安定した仕事で
しっかりと生活出来る道を選ぶ事だって
立派な選択だ。
就職活動だって
幾度の面接を重ね
勝ち取った結果でしかないし、
今尚色んな職種で活躍している
同期を当時以上に尊敬している。

だいたいプロを目指せる選手は現実的には遅くても3.4年時にはトップチームで試合に出て活躍している事が重要だ。

大学サッカーにおいて
注目大学の試合には
毎回どこかしらのスカウトが
観に来ている事が多い。

一般的には、
そういった各クラブのスカウトの
目に留まり注目してもらい、
チームの練習に呼ばれ、
練習、練習試合を重ね
最終的に入団出来るかどうかのジャッジが下される。

もしくはたまに大学とJクラブとのトレーニングマッチで目に留まる。

当時の関西大学リーグの場合であれば、
定期的に関西大学選抜チームを編成し
関西各Jクラブと対戦する機会で
目に留まる。

というのが
当時のJリーガーになるための過程であった。

今でもJリーガーになるには
そんなに大きく変わっていないのではないだろうか。

なので
スカウトが観に来ている試合や、
Jクラブとのトレーニングマッチに
出ていない事には
ほとんどノーチャンスに近い。

自分は1.2年時、
同じポジションで2つ上の、
後にJ2.J1トップクラブで活躍する
偉大なる先輩の壁が厚く
なかなか試合に絡む事が出来なかった。

正直どこかでこの先輩が卒業すれば
試合に出れる。
焦る必要はない。
勝負はそれからだ。
という気持ちが少なからずあった
様に思う。

大学4年間という時間に甘えていた所が
少なからずあった。
大学1.2年時には
パチンコに行ってられるほど
自分に危機感を感じていなかった。

そんな自分に危機感や
自分の夢の為にどうあるべきか
を強要するでもなく、背中で感じさせてくれた先輩や同期がいた。

次回はそんな話をまとめていく。

"The beginning of a new adventure!"
#サッカー #ビジネス #自分史 #人生論

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