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アメリカ・ユタ州の『東方新聞』で二回目のリンヤンコラム「ゆっくりが生み出す智慧」

二回目のテーマは「ゆっくり」。「智」を生むのは、「ゆっくり」から!
下記は、私の家族と長い親交の”スペシャル爺ちゃん”にお願いして、中国語を日本語に翻訳したものです。

  現代中国の作家・木心はいいました:以前は時の流れがもっとゆっくりだった。 (元の中国語:”从前慢“)
  中国のロック歌手・崔健はいいました:私が理解していないわけではないのだが、この世界の変化は速すぎる。(中国語:”不是我不明白,这世界变化快”)

 私たちは、知らず知らずのうちに、短期間で高い効率を求める急速な発展の時代に巻き込まれています。はたしてそんなに焦る必要があるのでしょうか? 見方を変えれば「ゆっくり」というのは、本来いいものではないか、と気がつくかもしれないのです。
 運動好きの方なら、筋肉は「速筋」と「遅筋」に分けられると聞いたことがあると思います。その大まかな特徴は次のとおりです。
 速筋: 表面に分布し、爆発的な力を持つもので、先天的に形成されます。それが最も発揮されるのは10代から20代で、その時期を過ぎると、年齢とともに急速に衰えていきます。
 遅筋:深層に分布し、持久力を持つもので、長期的かつ持続的な運動によって得られます。年齢とともに急速に低下することはなく、非常にゆっくりと低下します。

 このことを知ると、あなたは私と同じように「遅筋」が好きになるかも知れません。生まれつきの体質が優れていないのであれば、後天的な努力によってその深くて永続的な力を手に入れたいものです! 自分にはそれを選択し実行する権利がある、というのは、素晴らしいことです!

 遅筋は、主に下半身の太ももの筋肉の深部に分布しています。これは「上虚下実」、つまり上半身の力をぬいて、下半身の力を鍛えるという中国の伝統的な武術の方法とぴったり符合します。オリンピック選手にとって最適な年齢は 10 代後半から 30 歳くらいです。多くの武術武道の先生方が 70歳、 80 歳になっても衰えを感じさせないのは、この「遅筋」の原理によるものです。

 書道にも武術にも「慢練」、つまり「ゆっくりした練習」という考え方があります。
 書道では「太急不入字」と言います。「急ぎすぎると、字にならない」という意味でしょうか。これは、私が師事する張浩波先生が、その書道のクラスで繰り返し強調された点です。
 張先生の子供向けクラスでの最初の授業を、私は覚えています。先生は子供たちと線を書く練習をする時、「ウサギとカメの競争」をしました。それは、筆を持ち左から右へ一本の長い線を書く時、誰が一番遅く書けるか、という競争でした!
 なぜこんなことをするのでしょう。私の書道ノートに次のようなメモがあります。
 ゆっくりと筆の小さな動きを体感するのは、力強く上質な線を書くためです。装飾的で、わざとらしい曲線を書くためではありません。
 書くときは速度を落とし、一定の速度で筆を動かします。筆と紙の間の摩擦と抵抗によって矛盾が生じます。この矛盾を自在に巧みに使うことで、本当に良質な「線」を生み出すことができるのです。
 
 ゆっくり、安定した基本をマスターした後、必要に応じて軽重緩急などのリズムを変えていきます。

 太極拳の動きはゆっくりで緩やかです。しかし、それは老人で反応が遅く、速い動きができないからだとは思わないでください!実際、それは毎分毎秒、常に全身運動なのです。体のすべての筋肉と骨を動員しています。このゆっくりとした動きの連続が、下半身の筋力(遅筋!)と全身の協調性、安定性を鍛えています。

  同時に、別の重要な器官が活発に動いています。それは脳です。このとき、「動きと思考を同時に」という考え方に注目して下さい。つまり体を鍛えると同時に脳の能力も鍛えるということです。太極拳などの伝統武術は、「ゆっくり練習」という方法で体の状態を脳に記憶させます。複雑な体の動きを脳に認識させて指示させ、脳と体の間で常にフィードバックを繰り返します。長期にわたる蓄積とトレーニングの後、身体の深層記憶が徐々に形成されます。この種の身体記憶は、自転車に乗ること、泳ぐことと同じで、「忘れる」ことはありません。一生楽しめます!

 張先生の書道のクラスでも、同様の視点を教えていただきました。脳は年をとっても退化しません。的を絞ったトレーニングで、脳を若々しく保ちましょう!

 と言っても「ゆっくり」はゴールではありません。トレーニングの方法です。あらゆるものに速さを求めるとき、現代人は往々にして、内なる心を無視してしまいます。 私の願いは、みなさんが「ゆっくり」を通して慌しい心を静めること、「ゆっくり」を通して内なる平和と安定を見つけることです。
 
 「ゆっくり」は、表面に浮かぶ現象だけをとらえている知覚を、より内側へ、核心へ、本質へと導くのに役立つと信じます。
 「ゆっくり」は単なる速度の変化ではなく、方向の転換です。つまり量から質への変化なのです。禅の瞑想と同じように、あらゆる微妙な気づきを体験し、その瞬間に起こっているすべてのことに集中してみましょう。 
 「ゆっくり」を通して、深い思考を養い、内なる可能性を開発し、本当の自分を見つけてください。

 「慢能生智,定能生慧」。 「智」を生むのは、「ゆっくり」から!

      2022 年 11 月初旬、リン ヤン ソルトレイクシティにて。
  


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