ととのいの爆弾(5)

 その土地は名古屋。時刻は23:30、おれはやっぱりサウナ室にいた。ごくごく狭いスペースではあるものの客が殆どいなかったので、実質のプライベートサウナという感じである。珍しくテレビやBGMを流さない無音の環境で、また温度が物足りないと感じた時は桶の水をサウナストーンにかければ体感温度を上げる事が可能というセルフロウリュウ方式。今この瞬間までの、かしましい旅行を思い出しながら猫背になり、じっ...と目を閉じる。

 誰もいないサウナ室で静かに蒸されていく夜。なんだか今日は気持ちよさよりも少し寂しさが勝る。俺はずっと大阪でひとり、その辺で勝手にととのっていた。いつも通りの光景が戻ってきただけではあるんだけれども、どうにも心細いと感じてしまうのは、あの「するけん」や「しきじ」で交わした友人達との交互浴あってのことだろう。

 額に汗を浮かべ、頭の中でもう1分数えてサウナ室を出る。水風呂の加減は上々で、まぁ何より人が少ないというのが一番良い。「名古屋の水道水も冷やせばそれなりだね」とひとりごちながら、しきじの水を思い出す。ゆらっと浴槽から出て休憩用のチェアに腰かけて思うのは、するけんのオーシャンビュー外気浴である。本当にいい旅行だった、やりきった。ただ、本当は今頃大阪だった筈なんだけど何故か名古屋にいる。ここはウェルビー名駅...一体ここに至るまで何があったのか。ここで記憶をプレイバックしてみよう。

ととのいの向こう側

 サウナしきじで朝4時の早朝サウナでビンビンに整ってしまったものの、チェックアウトの時間の前にももうひとサウナをキメて、「サウナのオーバードーズだよ」といってへなへなしながらしきじを出た。入浴料1,600円でほぼまる一日居座った形となったが、飲食費用が6,000円くらいでちょっと笑ってしまった。昼も夜もまぁまぁ好き放題やりましたからね。

 入部試験は終わりで旅行も今日が最終日。行先は特に決まっていなくて、近場の「登呂博物館」という場所を見学しに行った。出土した弥生時代の文化財を展示している施設でそれなりに面白く見所もあったが伝わりにくいので今回はこの個所については割愛する。

 にわか雨に降られて博物館からタクシーを捕まえて、向かった先は「かね田食堂」という飲食店だった。聞けば「ちびまる子ちゃん」のヒロシが通っていたという設定があるお店であるとのことで、なるほどこれも静岡旅行っぽい行先だった。まぁあのちびまる子ちゃんの、いわば聖地みたいなもんだからかなりメジャーな所なんだろうなと思っていたら、タクシーの運転手に「俺は清水の人間だから知ってるけど、そんなに有名なの?」と言われてめちゃくちゃ雲行きが怪しくなった。「いやいや~、ちびまる子ちゃんにも出てきていて」とヨータさん。ただ、運転手は頑なに「そんなに行きたいような所か?」という態度を変える事は無かった。

 こうしてやってきた「かね田食堂」。奥の座敷に用意されてホワイトボードを見れば、ゴクリと喉を鳴らす清水港の海産の数々! 生マグロに桜エビといった定番はもちろん、「イルカ刺身」や「長貝」といった謎の変わり種のメニューもあり、テンションのあがった我々は「このホワイトボードに書いてあるやつ、全部!」といって注文をしたのだった。(後から結局全部ではなくなったけど、まぁ殆ど全部だった)

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う、うつくしい~

 清水港の海鮮うまし! 俺は天下の台所と名高い大阪で数々のグルメ体験をしていたから、「漁港の海鮮とは言うけど、でも大阪の街中の名店で味わう海鮮の美味さはまた別格で、なんていうかシゴトの有無が大事なんですよね」みたいな斜に構えた視線で箸を付けたんだけど、あまりの美味さに「こここここれは本当ですか???」と言葉遣いが変になってしまった。あるいはサウナの入り過ぎでバカになったか、とにかく刺身を口に含んだらととのった。もうめちゃくちゃである。

 ちびまる子ちゃんの聖地で腹を満たし、気持ち良くなっていた所に、さらにヨータさんから耳寄りな情報を聞く。曰く、清水には「もつカレー」が大変美味な居酒屋があるという。昼からたらふく刺身と酒を腹に詰め込んで、夜はもつカレーか...と生唾をゴクリと飲み込む。しかし時刻はまだ15時とかそんな時間で、なんとも中途半端な時間である。そういうわけで、清水に居を構える友人夫妻の家を訪ねた。本当にずうずうしいですね。

 おれが代表して友人夫妻宅のインターホンを鳴らし、「げぇ、yg」という声で迎えられた。彼女の名前はちゃんこ。ムーミンと犬が好きで、サウナは別に好きではない女である。

 もつカレーの時間までヒマなのでゴロゴロさせてほしいといって家に上がり込んで、最近お迎えしたという犬(うめちゃん)とみんなで遊んだ。とても可愛い犬で、みんな犬なのに猫かわいがりをして楽しんだ。

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後からうめの表情を見ると、なんか嫌がられてた気がする。

 旦那のタカマサ(通称:tkms)は仕事で不在だったが、後から仕事を早めに切り上げて飲みに合流してくれるということだった。夕方になり、ちゃんこの家を出て噂のもつカレー屋に向かった。しかし、なんともつカレー屋は定休日で、やむを得ず近場の居酒屋で一杯飲む事になったのだった。

 しかし予想外にその近くの居酒屋もバカうまかった。清水市の底力おそるべしである。駿河健康ランド行の送迎バスもあるし、もう住んでもいいんじゃないかというくらいにメロメロだ。

 時間が経ってtkmsとちゃんこがやってきて、まず美味い日本酒を振舞ってもらった。居酒屋で日本酒のお振舞? どういうことかといえば、はいこの二人は静岡県の銘酒「臥龍梅」の蔵元の跡継ぎ夫婦なんですね。

ここからCMです

 居酒屋でした話というのは本当にただの身内の話なので、ここからは静岡の銘酒「臥龍梅」の宣伝です。サウナしきじの水が、これを使ってジャックダニエルを割ることで、「あの」ジャックダニエルのヤンチャな風味が一気にマイルドになったというのは前回書いた通り。これはもちろん、富士山から流れ出た水が地下に溜まり、ろ過されたものであります。この、臥龍梅もまたルーツを富士の水に持ちます。要するに、実質この酒はしきじ同然というわけなのであります。

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 これは我が家の晩酌で登場する臥龍梅。身内びいき抜きで本当においしいので、サークルメンバー達は贈与品であったり、あるいは結婚式の鏡開きに使うなどしてこの酒をとにかく愛好しています。味わいは、ありていな言い方をすれば「フルーティ」なソレなんですが、それでいて、だらしのない甘さにならないのがこの酒の凄い所。辛口なキレを持ちながらも着地先となる飲み口が優しいのは、やはり水の良さによるものなのでしょう。臥龍梅、とってもおいしい臥龍梅をよろしくお願いします。通販もやってるよ。

臥龍梅の向こう側

 そうこうしている内に大阪行きの終電を逃して名古屋で足止めを食らい、冒頭に戻るわけなんですが...

 いやでも本当に良い旅行になりました。また新しいサウナの感覚に目覚めたというか、大阪もサウナは色々あるし面白いんですけれども、突き抜けた魅力のあるサウナというのはやはり足を伸ばしてこそ出会えるものだなぁという。水風呂から上がった後は身体を拭くと外気浴でととのいやすくなるといった豆知識も教わり、またサウナーとしての成長を感じる事ができた実益的な場でもありました。

 あっという間の3日間。友達と別れて俺はまたひとりで大阪に戻って、なんだかめちゃめちゃ寂しくなったけど、今度は俺が大阪のサウナを開拓してサウナ部のみんなをもてなしたいという気持ちを新たにしました。

 その夜はウェルビー名駅のカプセルで気絶したように眠り、そうしてぐちゃぐちゃになりながらまた翌日を迎えるのでした。めちゃめちゃ苦しい熱風(かぜ)だって不意に何故かぶち壊す勇気とパワー湧いてくるのは、めちゃめちゃ厳しい人たちが不意に見せた優しさのせいだったりするんだろうね...ありがとうございました!(無理やりタイトルにかぶせるような〆でした)

おしまい

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