ととのいの爆弾(4)

これまでのあらすじ

 静岡旅行2日目の行先はサウナ愛好家の聖地こと「しきじ」であった。伝説の水風呂を全身に浴びて極限のリラックスに到達し、その後のサウナプレゼンで若干口から出まかせ気味にサウナ愛を語った俺はめでたくサウナ部の仮入部を認められたのであった。

しきじの水、その神性

 正午にサウナ、その後にすぐ酒盛りとあって、昼過ぎくらいに一度休憩ということで、サウナ部メンバーは各々仮眠タイムに入った。サウナのととのいに加えての酩酊で、休憩室のリクライニングチェアに沈没するように腰かけ眠る。ああ、高級ホテルじゃないけれど、なんて贅沢なんでしょうね...

 2、3時間くらいして目が覚めて、そういえば他の団体が食ってた定食メニューがおいしそうだったなという事をぼんやり思い出した。酒盛りで食ったのは酒のアテだったもので、あまり食べたという感じがせず若干の消化不良を感じていた俺は、もそもそと食堂に行って唐揚げ定食を注文した。

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 ムフフー、しきじの唐揚げ定食! 前回の記事でも述べたようにその味は凡庸極まるものの、なんか知らないけど謎に美味しい。酔い覚ましの味噌汁と白米が身体に優しい。てかコメが異常に美味い。聞けば水風呂と同じ、あの奇跡の地下水を使って炊かれているという。水でこんなに変わるんだねえ。

 この後、サウナ部の皆と合流してまたサウナしに行った。飲んで寝て起きてまたすぐそこにしきじのサウナがあるってマジでなんなんだろう。「三昧」という表現がぴったりだ。もうこのまま一生ここに住みたい。そんな気持ちさえ湧き出てきてしまう。

 ホクホクしながら酒盛り夜の部が始まった。エンドレスサウナ、エンドレス飲酒。サウナ部のメンバーというのは毎年のフェス旅行メンバーとほぼ同じで、フェスに行った時でも永遠にバーベキューしながら酒飲んでいる。永遠にいいものに溺れ続けるって最高のバカンスなんだよなぁというのを、このメンバーで飲んでいるとしみじみ思う。

 他愛ない雑談をしていると、近くの卓で一人で飲んでいた、ふた周りくらい年上の中年男性が会話に混ざってきた。ギョっとしたが、しきじ経験者たるサウナ部メンバー達はごくごくナチュラルに男と会話をしている。以前のしきじ訪問の際にもやっぱり会話に混ざってきた謎の中年男性がいたという話で、なんというかまぁそういう感じの場所らしい。前回の中年男性は、しきじへの愛が強すぎて隣に引っ越してきたというツワモノで、パワースポットにはパワーヒューマンが集まってくるんだなぁと話を聞いて思った。

 男はしきりに、しきじの水の素晴らしさについて語っていた。いわく、重篤なしきじの水ファンはポリタンクを持ち込んでしきじの水を持ち帰るんだそうだ。まぁ実際うまいもんなぁしきじの水。さっきの白米の美味しさを思い出しながら頷く。「知り合いがバーをやってんだけどよ、そいつがここの水を使って水割りを出したらよ、常連が目を丸くして『この店、酒変わった?』って言うんだよ」という興味深いエピソードを聞いた。これはさっそく試したい! ということで、試すことにした。

 ウィスキーの入ったグラスを持って給水所に行き、ウォータークーラーの水をグラスに注ぐ。水の割合は、5:5のトワイスアップでやってみた。で、各々でこれを飲むと口々に「美味い!」「酒変わった?」という称賛の声が。俺も一口含んで大変驚いた。安ウィスキーのトゲというものが取り去られたように滑らかになり、また、飲み下す前に口内に酒が染みていくような優しい飲み口である。「この水は、くすんだ酒を洗うんだ...!」なんか料理漫画の解説キャラみたいな顔になってしまった。

 夜更けに男は「ここの水風呂は朝の4時が一番冷えてて気持ちがいいぞ」と言い残して去っていった。朝4時の冷えた水風呂...ゴクリと生唾を飲む。昼間は人が多過ぎて、ぬるいとまではいかないけど冷え切らない感じは確かにしたもんな。冷え切ってない水であんなに良いんだったら、一体冷え切ったしきじの水風呂に入ったらどうなっちゃうのかな...想像するだけでちょっとととのってしまいそうになった。

 そして朝4時、皆でそろそろと夜明け前の浴場へと向かった。ろくに寝ていないのでなんだかフラフラするし、なんなら前日の「ととのい」がまだ体に残留している状態で、「ととのえるのかコレ」という感じだった。なんかこう歩いているけど歩いてないみたいな、夢遊病みたいな感じ。天国があるとしたら多分しきじみたいな所なんだろうなァ...

 同じような事を考えている人がけっこういて、朝4時でもそこそこ人がいる事に驚きながらサウナ室に入る。寝起きの体に100℃超えのカンカンに蒸し上がったサ室の空気がしみる。室内のテレビは夜明けの通販番組をえんえんと映している...。「コラーゲンがすり減った膝の軟骨を修復」「すくっと立ち上がり、笑顔を見せるミチコさん(仮名)」「個人の感想です」...お経のように流れる通販の音。個人的には変なお笑い番組を流されるよりもこういうやつの方が嬉しかったりする。

 そして満を持しての水風呂! その水温はいかに...と、手桶で水をすくって肩からかけながすと、キュッっと肩が上がってしまう心地よい冷涼感! これはいいぞと浴槽に入り、ずんずん奥に入って腰を落とす。そしてまたやってくる、あの「鐘の音」

「ぼお~~~~~~~~ん」

「ぼお~~~~~~~~~~~~ん」

「ぼおおおお~~~~~~~~~~~んんん」

 ぎ、ぎもぢいい! 昼間のそれとはまるで違う心地よさ! 昼間に入った水風呂でもこの「鐘の音」は体内で鳴り響いたが、今回のこの鐘のサイズはその10倍はあるだろう。一呼吸するたびに煩悩が一つ消えてしまう気さえした。

 そしてまたウォータークーラーで水分を補給して目を細める。ウメッ! しきじの水ウメッ! 日本広しという中で、ここまでの施設が静岡にしかないだなんて...と大変悔しい気持ちになった。隣に引っ越しちゃうおじさんの気持ちもわかるよ。

 朝4時の水風呂を味わい、また再び休憩所のチェアに身を沈める。もう時間間隔はめちゃくちゃだ。4連休とかいったな。今日で何日目? え、もう3日目になっちゃったんですか...楽しい初夏の思い出は綿菓子のようにとけていった...なんとなく眠れなくなってしまって、俺は日が昇るまでずっと、鬼滅の刃を読むのだった。(まだつづく)

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