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気候変動と林業経営

気候変動で森林の成長量が減っていくことが予測されている。それが事業所合併のモチベーションのひとつだ。

林業学校の海外研修の随行で昨年秋にスイスを訪れた際、最も印象に残った言葉だった。林業の事業所を数カ所回った中で、3ヵ所で同じ主旨のことを聞いた。

体力強化を目的とした事業体の合併

スイスの林業事業所はいくつかの形態があるが、多いのは公有林(市町村有林)の割合が高い自治体が事業所を持って、フォレスターと森林作業員を雇用しているケース。複数の自治体が共同出資して法人化している例も珍しくない。そういう場合はフォレスターがボス(経営者)となり、地域の私有林の森林経営も受託している。

林業事業所がハーベスタやタワーヤーダなどの高性能林業機械を持つこともあるが、高価な機材を必要とする作業は、機械を所有してより広範囲で仕事をする民間企業(これを「林業会社」と呼んで区別している)に外注することが多い。

スイス全国で200以上あるそれらの林業事業所が、いま次々と近隣の事業所同士で合併をしているそうだ。

その正確な数や地域別の傾向は把握できていないが、目的は経営の合理化で事業体の体力を強化すること。なぜ合理化が必要なのかは、国際的な木材マーケットの動向もあるが、もうひとつの要因として気候変動が挙げられている。

気候変動により収穫可能量が減っていく

法律により非皆伐の林業を余儀なくされるスイスでは、年間で収穫できる木材の量は、その地域の年間成長量に依存する(本来は法正林思想も同じだが)。が、気候変動が温暖化を意味するのであれば、成長量にとってはポジティブなのでは?という疑問もあるかもしれない。

しかし、森林管理上問題となるのは、気候変動による「乾燥」で、特に中部ヨーロッパでは林業の主力樹種であるトウヒの乾燥害が近年蔓延してきている。つまり、気候変動により今後トウヒの成長量が落ちていく→収穫可能量が減っていくことが予測されるわけだ。

スイスの林業事業所は、年間成長量のギリギリのところまで毎年収穫をしているところが多い。それは、自分たちの持っているリソース(資源)を最大限活用するという都合のほかに、森を明るく保つことで活力を上げるという目的もある。択伐林業では、元本(蓄積量)の大きさではなくて利子(成長量)が大事だからだ。これは次世代以降の資源をどう育てるかにも絡んでくる。

トウヒというのは比較的乾燥に弱い樹種で、樹勢が落ちるとちキクイムシの害を受けやすい。林業にとってはかなりの打撃で、このまま気候変動が進めば、成長量は落ちてく。訪問したある事業所では、これまで担当区の年間成長量を 14,000㎥ としていたが、11,000㎥ に修正しなければならなくなったと解説があった。

対策としては、冒頭に上げた経営の合理化の他に、トウヒに比べれば乾燥に強いモミなどへの樹種転換を進めていくそうだ。この石橋を叩くように変えていく彼らのやりかたに感心をしていると、クベの択伐林(照査法で有名!)を案内してくれたパスカルさんが、こう呟いていた。

気候変動が林業に与える影響は2005年ころには既に指摘されていた。業界の動きはちょっと遅すぎる気がする。

さてこのお話、スイスと日本は違う、で片付けてしまって良いものかどうか。

気候変動とスギ林の生産性

帰国後、日本の人工林と気候変動の関係についての研究がないものかと物色していたら、フライブルグの齋藤大さんが、ツイッターで論文の紹介と解説をしてくださっていた。森林総研などの論文はチェックしていたつもりだったが迂闊。大変ありがたいツイート。

自分も少し読み込んでみようと思うが、まだまだ解明されていないことも多いながら、どうやらスギ林の気候変動へのリスクは無視できないことは確かのようだ。

じゃあ、より乾燥側のヒノキにすれば良いのかというとことはそう単純ではなくて、ギリギリのところに生きているヒノキにとっても同じようにリスクはあるということにもなる。


今日本の林業は自給率を上げることを目標に施策的に増産側に持っていくことがトレンドで、それ自体は良いこと・必要なことだと思う。統計上は成長量に対して、生産量はまだまだ小さい。

ただ、実際に現場で起きているのは「伐りやすいところから伐る」という現実。この偏りは資源管理として良い方向に行っているようには到底見えない。

「エコロジーの範囲内で林業をしていく」のが正解であるのならば、この気候変動の影響を織り込んでどう考えていけばよいのか。まだまだ断定できないことが多いので、だから今は変えなくてもよいのか、わからないから一部で少し違うことをやっていくのか。

何もしないか全部変えるかの二者択一に陥らないこと。近自然森づくりの立場からは答えは出ている。

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