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たこ焼き屋になったおじいさん

おじいさんは、今日もテレビをみている。
食べ物番組をやっている。
たこ焼きを焼いている場面が映し出された。
じゅうじゅう、香ばしそうな焼き色がついたところにソースを塗って青のりをパラパラ。
うまそうだなぁ。

おじいさんは、たこ焼きが大好きだ。
入れ歯がフガフガしても、おなかが痛くても、たこ焼きならバクバク食べられる。
たこ焼き屋になってみたい。
もうこんな、テレビをみているだけの退屈な生活は、あきあきだ。 
たこ焼きをひっくり返すくらいなら、やったことはないがやれるだろう。
ちょうど洗濯物を持ってきたヨシコさんに言ってみた。

ヨシコさんは、おじいさんの娘さんだ。
娘さんといっても、きれいなおねえさんというわけではない。
68歳のおばさんだ。 
ヨシコさんはおじいさんの近所に住んでいて、毎日おじいさんの世話をしにやってくる。
本当は、自分の家でダラダラと寝ていたいのだが、おじいさんは自分でなにもできない人なのでしかたがない。
放っておいてある日「ミイラになっていました」なんて、想像するだけでもおそろしい。

洗濯物を片付けているヨシコさんに声をかけてみた。
「ワシ、たこ焼き屋やる」
「・・・・・・・・・・」
聞こえないかと、ふりかえったヨシコさんにもう一度言ってみた。
「ワシ、たこ焼き屋やるわ」
「ふーーーん。たこ焼き屋ってほんとうにたいへんなんだよ。タコに吸いつかれるらしいし、そのまんま、海に連れていかれることもあるらしいよ」などと、嘘八百をならべだした。
負けず嫌いなおじいさんは、口をモゴモゴさせながら
「ワシ、できる」と、見栄を張った。
ヨシコさんは、フンフンとうなずきながら腕を組んで仁王立ち。
「んじゃ、明日からここでたこ焼き屋をやってください!わたし、これから準備してくるわ~」
と、言うなり、おじいさんの返事も聞かずに、ダーッと行ってしまった。

翌日、おじいさんがいつものようにテレビをみていると、ヨシコさんがどえらい荷物を持ってやってきた。
たこ焼き屋開店の一式だ。 
まずは屋台。
どえらい荷物の大半はこの屋台。
なんと段ボールでできており、ベタベタとガムテープで留めてある。
ヨシコさんのお手製らしいが、チープすぎる。 
それでもデカデカと「たこやき」の看板がついているところが、たこ焼き屋といえなくもない。

ヨシコさんは、段ボール屋台を家の前にセットすると、材料の準備を始めた。
たこ焼き粉を水で溶いて生地をつくり、きざんだキャベツとネギに紅ショウガと揚げ玉を混ぜ合わせ具とし、タコはぶつ切りにする。
いったい何人分なのか。
てんこ盛りの具材が並べられた。
よしっ!
これで準備がととのった。 

おじいさんを屋台のところまで連れ出す。
おじいさんは、足が弱くてサッサと歩けない。
杖をついてヨロヨロヨロヨロ。
1メートル歩くのに、だいたい1分かかる。
歩くのがこんな調子だから、立ってたこ焼きを焼くなんてできっこない。
で、イスに腰かけて焼くことになる。
ヨシコさんは、たこ焼き器とイスの高さを調節しておじいさんを座らせた。
そして焼き方デモンストレーションだ。

温めたたこ焼き器に油をしき、生地を流し込み、混ぜた具とタコを入れ、さらにその上にもう一度生地を流し込む。 
ころあいを見計らって、ピックでひっくり返す。
あとはきれいな円になるようにピックで回しながら、焼き色をつける、って感じだな。

さて、プンプンいいにおいをさせ、18個のたこ焼きが焼きあがった。
これをお皿にとり、ソースを塗り、青のり削り節をふりかけて完成だ。
父と娘で半分こして「うまいねぇ」と食べ終わったころには、ヨシコさんはぐったり疲れ果てていた。
昨日から徹夜で準備をしたのだ。
そこで「じゃねー!」とおじいさんの肩をポンポンとたたき、帰って行ってしまった。
 
おじいさん、ポカン。
「ワシ、ひとりでやるんか?」
ゆで卵さえ自分で作ったことがないというのに、一気に難度の高いたこ焼きを焼けとは・・・。
自分が言い出したことだが、それはひっくり返すくらいできるだろうと、言ってみただけのことである。
しかも、こんなに人々が行きかうところで、オレ様ともあろうものがたこ焼きごときを焼いておってよいというのか!
無礼者め!

自分を置き去りにしたヨシコさんへの怒りが、フツフツと沸いてくる。
その怒りの熱さたるや、たこ焼きの鉄板に勝るとも劣らない。
しかも、そのチンチコチンになったたこ焼き器の止め方もわからない。
ますます腹が立つ。
このオレ様が、道端でたこ焼きを焼いているなどと、人々に知られてはならぬ。
早く店じまいしなければ、近所のわらいものだ。

しかしそのとき、本当に間の悪いことに、学校帰りの小学生の集団が通りかかってしまった。
おじいさんはあわてて、こどもたちから見えないように体をちぢめたが、好奇心のかたまりのような小学生が見逃してくれるはずはない。
わいわいがやがや、なんだかんだ。
小学生たちは屋台をとりかこみ、たこ焼きたこ焼きと言っている。

「おじいさん、たこ焼き焼いてもいいですか?」
ひとりが申し出た。
おじいさんがしぶしぶ渋い顔をあげると、まわりはこどもだらけだ。
いっぱいの目がこっちを見ている。

「ううむ、まあ、やってみろ」
おじいさんが重々しく答えると、こどもたちは一斉にパーッとどこかへ散っていってしまった。
おじいさんは、急に目の前にだれもいなくなったので、夢をみているような気持になったが、それも一瞬のことで、またこどもたちがわらわらと集まってきた。
家にランドセルを置いてきたらしい。

こどもたちは実に手際がよい。
生地を流し込んで具を入れる。
ヨシコさんと同じやり方だ。
交代でピックを持って、くるくるまん丸にしていく。

こどもたちがしゃべっているのを聞いていると、みんな家庭でかなり練習をしておるらしい。
ふん、こどものくせになまいきだ。
おじいさんはいまいましく思っていたが、たこ焼きは順調に焼きあがった。
なかなかの出来栄えだ。
こどもたちは、たこ焼きをずらーっと皿にならべ、ソースのほかに青のりや削り節までていねいにふりかけ、おじいさんの前に差し出した。
「どうぞ」

おじいさんは、うっ!と言葉につまった。
実は、こんな図々しいこどもらは、勝手に作ってさっさと食べてしまうんだろうと思っていたのだ。
それが、自分に一番さきに食べさせてくれようとは!
「う、うむ、お、お、お前たちが食べなさい」
ヨシコさんが焼いたたこ焼きを9個も食べていたので、おじいさんのおなかはいっぱいだった。
しかし、実はおなかと同じくらい、胸もいっぱいだった。

わーーい、わーーい、わーーい!
こどもたちは大喜びだ。
ここからは、たこ焼きパーティーである。
焼いて食べ、焼いて食べ、焼いて食べ。 

こどもの一人がおじいさんにたずねた。
「おじいさんはいくつなの?」
「94歳じゃ」
「94歳!94歳の人ってみたことなーい」
おおさわぎである。
「94歳って、江戸時代の人?」
「た、た、たわけものめが!なにをとろくさいことを言っておるのだ!」
「わーーサムライみたい」
「江戸とぬかしおったな!ワシは大正生まれじゃ!」
「大正時代って明治時代の次じゃない?」
「そうじゃ!昭和の前である!おぼえておけ!」
「大正時代に生まれた人に、初めて会ったー」
ボクもワタシも、ボクもワタシも。
すごいね、すごいね、すごいね。
おじいさんの体をさすったり、顔をべたべたさわったりする。

おじいさんには何がすごいのかわからなかったが、今はそれどころではない。
トイレに行きたいのだ。
おじいさんは、ヨイショと立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
つかまるものをさがしてヨロけていると、そばにいた子がサッと手を差し出してくれ、もうひとりの子が肩を貸してくれた。
そしてそのままおじいさんを抱え、家のなかのトイレまで連れて行ってくれるのだ。
ほかにも立候補の付き添い人が増え、横からも後ろからもおじいさんを支える。
ぞろぞろとまるで大名行列のようだ。

こどもたちは、なぜか学校の砂場のにおいがした。
砂場のにおいは、おじいさんに昔の自分を思い出させた。
学校の運動場をかけまわった自分。
なつかしさに涙がでそうだった。
・・・・・いやいや、こんなところでしんみりなんぞしていられない。
トイレだ。トイレだ。

ようやくトイレに到着。
こどもたちは、トイレの前で待つ。
しかし、おじいさんはトイレに入ったっきり、出てこない。
5分経っても、10分経っても、15分経っても、出てこない。

おじいさんのように歳をとると、体のいろいろなところが弱ってくる。
おしっこも出にくくなるのである。
おしっこがちょぼちょぼしか出ないので、やたら時間がかかる。
こどもたちは、そんなおじいさんの事情を知らない。
トイレに入ったきり出てこないおじいさんが、心配でしかたがない。

「おじいさん、おそいねぇ」
「だいじょうぶかなぁ、たおれていないかなぁ」
「ねぇねぇ、おじいさん死んじゃったんじゃない?」
「どうしよう、ママを呼んでこようか」

トイレのドア越しにこどもたちのひそひそ声が聞こえてきた。
ママなんか呼んでこられたら、大恥である。
おじいさんは「エヘン!エヘン!」と無理やり大きなせきばらいをした。
「うわーー!生きてる!よかったーーーー!」
ドアの向こうで、歓声があがった。

ようやく長いトイレが終わると、それからまた大名行列だ。
よいしょ、よいしょ、よいしょ
こどもたちの掛け声がひびく。
一歩一歩ふみしめて、段ボール屋台まで戻る。
たこ焼きを焼いていたこどもたちが、拍手をして迎えてくれた。

おかえり、おかえり、おかえり。


屋台には、こんな張り紙がしてあった。
「おじいさんにたこ焼きを焼いてください。お礼はたこ焼きです」
デカすぎるヨシコさんの字だった。

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