こどものせかい

「きもいんだよ」「こいつオカマなんだぜ」「オカマ言葉言えよ」「触んな」

都内の駅のホーム。近くに私立の小学校があり、制服姿の小学生の甲高い声が響いていた。ホームドアがない上、線路までの距離も十分にあるとは言えない。混み合っている時に黄色い線の外側をやむなく歩く時、もしよろめいて落ちてしまったら、と慎重になる。急行に無視されるどころか、1本逃せば10分は次の電車が来ない。東京なのに単線で、車体も古い。そんな小さな駅だった。黒いランドセルの集団が、黒いランドセルの子を取り囲んでギャーギャー騒いでいる。やめろよ、と言っても誰もやめることはない。集団の熱はヒートアップしていく。「ギャー、けがれる!」「キモッ!」
狭いホームでランドセルを掴み合い、今にも投げ飛ばさんとしている。彼らが自分の力を自分でコントロール出来ているとは思えない。周りも見えていないのだから。

お調子者キャラが叫ぶ。
「じゃあ今から自殺してくださーい!」
その場から笑いが起こる。そうだそうだと言わんばかりに。「自殺の仕方見せてよ!今ここで!」


電車はまだ来ない。私はただじっと前を見据えていた。私の左側で起きている、子供たちによる犯罪から目をそらしながら。周りには大学生や高校生もいる。社会人や主婦のような人もいる。私はどんどん苦しくなった。しかしただ黙っていた。「死ねよ!」という声が聞こえる度に動悸がした。周りの大人も何も言わない。見ないふりをきめこんでいる。頭の中で何度も想像した。「オカマ」と呼ばれた生徒が、この狭いホームから黄色い電車に飛び込むところ。黒いランドセルの集団が、その生徒を勢い余って放り投げてしまい、意図したのかしないのか、電車のホームに転落してしまうところ。私が、いや、誰かが、彼らを正気に戻すところを。

もうやめろよ、もうどっちもやめろマジで、と仲介役が冷静な声を上げる。どっちも悪かったよ、ほらだからやめろって。でもそんなのに乗っかるやつは、つまらないやつだ。彼らは仲介役の声を無視して続ける。お調子者が言う。「これから裁判を始めま〜す」「Aが悪かったと思う人〜」仲介役はどっちも悪いんだよ、と言うがその声は誰にも届かない。何人かがはーい、と間の抜けた声を上げた。「じゃBが悪かったと思う人〜!」はーい!と叫ぶ者、はいはい!と何度も繰り返す者、笑いを含んだ声で手を上げる者。お調子者は叫ぶ。「じゃあ今から自殺してくださーい!」


なんて残酷な子どもたちだろう、と考えた人も多いだろう。私は、子どもの世界について思いをめぐらしていた。子どもの世界は、おとなたちの社会の縮図だ。どの子どもがおとなたちの社会の姿を輸入してきたのか。それは全員だ。社長室に、給湯室に、会議室に、子どもたちは行かなくとも社会を感じ取る。両親や、身近な大人から。特に私立の小学生は、電車に乗って通学しているのもあって、いろんなおとなの社会のすがたを垣間見ているはずだ。セクシャルマイノリティをバカにして笑うCM。ソッチ系?というジェスチャーで人を見下し、異常者として扱うバラエティ番組。確実に子どもたちはおとなの世界から輸入した時代遅れの考えを受け継いでいる。時代遅れの考えを輸入したこどもだった人たちがつくるテレビやメディアから。

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