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キャベツ

野菜が嫌いなので野菜を全然食べていない。

「キャベツ切る~?」と毎晩きかれるけどすべて断っている。出てきたとしても、キャベツが大好物のいぬと協力して食べている。まあ、私はいぬの邪魔にならないよう、ほぼ食べていない。

こんな食生活、いい加減よくないので、キャベツ農家さんに会ってきた。

彼らに会えば、我が家に出てくる代表的野菜:キャベツを食べる気が少しくらい起きるだろうと考えたからだ。


農家のおばちゃんに会うため、キャベツ生産量第1位(令和元年度)の群馬県に向かった。

いた。農家のおばちゃんがいた。下調べを入念にし、アポ取りまで完璧に行っていたため、スムーズに話は進んでいった。

が、今回の目的を持つに至った原因ともいえる、私の野菜嫌いの話をしたところ明らかに機嫌を悪くしていた。

罰なのかわからないが、向こう二週間ビニールハウスの温度管理をしてろと言われた。

このババアはどういう神経をしているんだ。来たばかりの何も知らない若者に、いきなりビニールハウスの温度管理を、二週間任せるとは。もしも私のミスですべてのキャベツがダメになったらお前の向こう一年の収入はどうするつもりなのだろうか。そもそも、これだけ広大なビニールハウス全体を私の目の前のディスプレイ一つで管理しきってるというのに、その調節は人力なのが信じられない。

私は、春キャベツ、夏キャベツ、秋キャベツ、冬キャベツ、すべての響きを聞いたことある気がしていたために、キャベツの適温が全くわからなかったのである。

中でも夏キャベツに自信があったので、ビニールハウス内をだいぶ暑めに設定しておくことにした。

ビニールハウスの温度管理は、ババアに罰として(?)押し付けられただけあってか、非常に厄介な仕組みになっていた。

深夜0時から朝7時までは、前日23時台に設定した温度が適用され続けるのだが(この7時間は必ず、自信のある夏の温度にしていた。)、それ以外の各時間帯は、一時間ごとにあることをしなければ、ビニールハウス内の空調システムが全停止するようになっていた。そのあることとは、160000a(アール)もある(アールがよくわからないが、きっと”も”で正しいだろう)、キャベツビニールハウスの対角線の両端にあるボタンを押すということだ。

そのため初日の私は、空調設備が停止する前にボタンを押せるよう、各時間帯中頃(7時台なら7時30分から)から動き出せばいいと思っていた。

結果から言うと、間に合わなかった。空調設備は止まり、この間いくつものキャベツが死んでいった。未知の広さ、160000a(アール)に苦しめられた。この単位についていつ学んだのか全く思い出せない。中学校か小学校かも思い出せない。さすがに中学生か・・・とか、覚えてる人は覚えてるんだろうな・・・とか、100を色々かけてm、kmのような知ってる単位とごちゃごちゃしてったらわかるかも・・・とか考えてるうちに次の数時間も空調は止まり続け、またいくつものキャベツが死んでいった。

160000a(アール)はきっと相当広い。目視できない範囲のキャベツまで死んでいってるような気がする。

いい加減広いことはわかったので、各時間帯、時計の針が12を指したらすぐにボタンに向かうことにした。大分走った。大分どころではないが、どうやらこうすれば間に合うらしい。

実はこのビニールハウスは、温度管理をするディスプレイが、ボタンのある対角線とは別の対角線の一端に設置されており、そこにはふかふかの椅子があった。はじめ来たときはよくわからなかったが、このふかふかの椅子は、後に起きるこの重労働システムを示唆していたのだろう。

椅子には魔法の力があったのだろうか。私はボタンを押し終えると、毎度椅子のある角まで戻っていた。つまり、私の順路は、椅子からボタンへ、対角線上を移動してもう一方のボタンへ、そしてまた椅子へ、という直角三角形のコースであった。とにかく座りたくてしょうがなかった。

しかし、よくよく考えればアホである。椅子にいちいち戻らず、対角線上の真ん中に座っておきでもすればいいのだ。そうすれば直角三角形順路の斜辺を移動するだけで済むのだ。

ただ、この椅子にはやはり魔法の力があったのだろう。気持ちいい・・・・・・。忘れられない座り心地。だから私は決心した。対角線上にこの椅子を持っていこう!

キャベツはちらほらと死んでいくものの、相変わらず夏キャベツに自信があったので、もうこの温度設定を信じ切るという決意を持って、ハウス内を暑めにして、椅子を持って対角線上へ急いだ。

椅子が重く、ボタンを二時間ほど押し損ね、空調が止まり、キャベツがバタバタ死んでいった。だがもう何も気にしない。再び空調が動き始めさえすれば、残りのキャベツは救うことができる。そう信じていた。

そんなこんなで椅子を対角線上の真ん中に運び終え、ついに最強管理システムが構築されたと思った。私は比較的余裕をもってボタンを押し続け、残りの期間、一度も空調を止めなかった。

それなのに、キャベツは次々に茶色くなり、しおれ、死んでいった。

ここで気づいた。夏キャベツじゃないんだ・・・。たぶん、キャベツの前につける季節って夏じゃないんだ・・・。

ごめんなさい、ごめんなさい、私は泣いた。私はこの二週間ボタンを押すことにとらわれて、実はキャベツのことなんて何も見ていなかったのかもしれない。キャベツはずっと苦しんでいたのだろう。「季節違うよ」「温度間違ってるよ」と。自分の視野の狭さ、愚かさになんの言葉も出てこなくなった。

私の泣きじゃくる声があまりにも大きかったからか、二週間が経過したからかはわからないが、農家のおばちゃんがビニールハウス内に入ってきた。

「やっとわかったかい。」おばちゃんはそう言った。私には何が何だか理解できなかった。おばちゃんはつづけた、「あたしはね、このボタンシステムを構築し、1プログラムで160000a(アール)のキャベツを犠牲にすることで、人々にキャベツの大切さを教えてるんだよ。」と。さらに、「これが群馬県が、キャベツ生産量1位の理由だよ。」と。

私はこれを聞いてさらに泣いた。なんていい経験をさせてもらえたんだと。私はおばちゃんにしがみつくように泣いた。何度も何度もありがとうと言った。


群馬から自宅に帰った私は、キャベツをバクバク食べている。

毎晩きかれていた「キャベツ切る~?」も今や訊く側だ。

なのに最近親が別のことを聞いてくる。「とろろする~?」と。

大っ嫌いだ!やめてくれ!さすがにとろろをいぬには出せない。



そこで、私は長芋農家のおばちゃんに会いに、長芋生産量第1位(平成29年)の北海道へ向かうことにした。

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