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世界の端の方で愛を叫ぶ

フロリダはいま、常夏らしい。砂浜の白と海のブルーと夕空のオレンジ、それぞれの境界線がこんがらがって溶けている。

連休中に都内で再会した友人のひとりから一枚の写真が送られてきた。フロリダの温暖な空気と潮の香りが鼻孔にそのまま流れ込んでくるような、素敵な写真だった。黄昏時の甘美な温もりを僕は北海道の自宅、ベッドの上で横になりながらしばらく眺めていた。

何かこちらからも写真を送りつけようとするも、自分のスマホのデータフォルダのなかにはスクリーンショットが半分を占めている日常に絶望する。やることも特に決まっていない日曜日の朝、そんな訳でどこかへドライブに出ることにした。

行先やナビもないまま出発し、普段は通ることの少ない道ばかりを選んで進んでいるうちに海岸線へ出る。ずっと前、「この国道を進み続けると北海道の端っこにたどり着く」と人から聞いたことを思い出して、なんとなく端っこを目指してみることにした。襟裳岬まで、海岸線をゆっくり進む。

途中、雨で濡れた岩場が光ってて綺麗だった


5月病、といえばそうなのかもしれない。いろんな出来事のタイミングが重なって、すっかりやられてしまった。東京にいた頃から、心のバランスが崩れると一気に体調も悪くなっていき、何もできない状態になってしまうことは何度かあった。個人的には北海道の暮らし、厚真町の人や自然が自分にはとても合っていると度々感じていただけに、移住9カ月目のここにきて、音を立ててガシャーンと壊れていく自分に驚いた。三日三晩寝込んで一日ゆっくり整理をして、なんとか動けるようになった日曜日。

そういう時、昔からおまじないのように聞いている音楽に頼る。小学生の頃に初めて親のCD棚から発見したEaglesの「Take It Easy」や高校生の頃に感動したJohn Mayerの「Gravity」、就活の時にメールアドレスにもしたAC/DCの「Highway To Hell」を繰り返し聴く。

しばらく海岸線を走っていると他の曲も聞きたくなってきて、PUFFYをかける。PUFFYのいいところは、井上陽水や甲本ヒロトの歌が時々出てくるところ。「アジアの純真」、「人にやさしく」、「日曜日よりの使者」。よくわからないまま、白のパンダをどれでも全部並べてやる。


この数日、ずっと考えていた。

変わることと変わらないこと。どんなものも等しく変わっていくけれど、ふと壁にぶつかった時に、なにも変わっていないように見える自分に嫌気がさしたりする。上手なやり方を聞いて、自分もやれば上手にやれることがわかったが、上手にやろうとしすぎると息が詰まる。下手くそなりの対処法を見つけていくしかない。走る黄色い軽自動車の燃費の悪さが、どこか自分に重なるけれど、僕はこの車が大好きなことに変わりはない。

鵡川、日高、浦賀を抜けて襟裳まで、徐々に近づいていく青い看板の距離の数字に合わせて、不安も小さくなっていくような気がした。

何度目かの強い土砂降りをくぐり抜けて様似に着いた頃には晴天で、ひょっとすると襟裳岬で良い夕陽が見えるかもしれない。変化がどうとかいう以前に、僕にはまだ北海道の知らない景色がたくさんある。そんな一つ一つをじっくり味わっていきたい。車窓を流れる風景が転がっていく。

何度かコンビニや道の駅で休憩をしながら襟裳までたどり着いた頃には、視界が霧で覆われていた。道路沿いに広がる野原の500m先が白に塞がれて何も見えない。それまでの晴天が嘘のように、開けたままにしていた窓から冷たい空気が流れ込んだ。

襟裳岬に到着して車を降りた瞬間、身体ごと飛ばされるような強風に歓迎される。それに加えて、雨まで降り始めた。駐車場に止まっている車は数台あったので、ひょっとすると少し歩けば景色くらい見えるのかもしれないと淡い期待を抱く――のちにそこに駐車している車はすべて、隣の土産屋の従業員のものだと知る。

襟裳岬には誰もいなかった

人のいない襟裳岬、景色も何も見えない襟裳岬。切り裂くような風音に紛れて、眼下から断続的に重たい波が岸壁にぶつかる音が聞こえた。晴れた日にはきっと壮観になるはずの岬の先に立つ。フロリダに負けじと、北海道は襟裳岬。カメラを起動して何枚か撮影するも、何も映らない。白い空間の中でびしょ濡れの自分だけが、森進一みたいな顔をしている。

北の街ではもう 悲しみを暖炉で
燃やしはじめているらしい
理由のわからないことで 悩んでいるうち
老いぼれてしまうから
黙りとおした 歳月を
ひろい集めて 暖めあおう
襟裳の春は 何もない春です

森進一「襟裳岬 」(作曲:吉田拓郎、作詞:岡本おさみ)
©Watanabe Music Publishing Co. Ltd,


北海道の端っこで強風と雨に打たれながら、3時間かけてやってきた道のりを思うと、悪くないような気がした。誰もいないし、とんでもない風の中だったので、ひとしきり一人でげらげら笑ったあと、小さく愛を叫んだ。


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