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松島倫明インタビュー 〜どの未来へ向けて「実装」していくのか〜 前編


以下、『WIRED』日本版の編集長・松島倫明と大東駿介の初対談は、緊急事態宣言が発令されてまもなく、Zoomを使って収録されました。まずは、現在Netflixでも配信がスタートした『37 Seconds』とWIREDの意外な関わりから。

「WIREDはSF大作」っていうイメージがあるかもしれませんが、メディアとしてはテクノロジーや未来がどうっていうよりも、その時の社会や人間のアイデンティティについて掘り下げている

大東 おはようございます。Zoomの背景を拝見するに、今日の松島さんは鎌倉のご自宅からですか?

松島 そうです。最近は仕事も基本はリモートで行っていて、空いた時間はずっと畑仕事ですね。

大東 すばらしいじゃないですか! この状況になると自然の存在が本当に有難いですよね。改めて、本日はよろしくお願いします。あと、今回はLAからHIKARIさんにも参加してもらうことになりました。

HIKARI こっちは夕方です〜。よろしくお願います。

松島 ご無沙汰しています! よろしくお願いします。

大東 では、さっそく始めたいと思います。『WIRED』と『37 Seconds』っていう組み合わせは意外な感じもするんですが、実は『WIRED』の有料会員向けに試写会を開かれたということで、今日はそのあたりからお伺いできますか?

『WIRED』ではHIKARI監督へのインタビューも掲載。

松島 編集部に松永という若い編集者がいまして、彼女が編集会議で「『37 Seconds』の試写会をやりたい!」とあげてくれたことが発端でした。『WIRED』では試写会イベント自体を普段はやっていなかったんですが、彼女なりに『WIRED』というメディアの意義を解釈した中で「メディアとしてこの作品を打ち出すことにはとても意味があるし、それにHIKARIさんがとにかくすごい!」と熱心にプレゼンしてくれて。

大東 HIKARIさんのキャラクターはどこでも話題になりますからね(笑)。そこで、メディアとしてやるべきだ、という判断に至ったと。

松島 周りからしてみれば、「WIREDはSF大作」っていうイメージがあるかもしれませんが、テクノロジーや未来がどうっていうよりもまず、その時の社会や人間のアイデンティティについて掘り下げているメディアなので、彼女の熱意に乗ってみることにしたんです。

大東 実際に試写会をされてみて、本作品とメディアとの接点は何か見出せましたか?

松島 個人の感想からお話しますと、冒頭30分で主人公の生活が生々しく映し出される間は、受け止め方がわからずに正直に言えば居心地の悪い思いもしました。ストーリーがどこへ向かうのか読めなくて、すごく複雑な感情が湧いてきて……もちろん主人公に感情移入することもあれば、ポイって放り出されるような時もある。そんなところに大東さんが出てきて、一気にストーリーが動き出して安心しちゃいましたね(笑)。

大東 このストーリー展開に関しては、実は制作サイドも予想していなかったことなんですよ。

松島 HIKARIさんからも聞いていましたが、そうなんですよね。その後でタイに行くなんて僕もまったく想像できていなかったし、あの電車のシーンと一緒に自分の意識もガーっと持っていかれて。僕は身近に障害者の方がいて普段から接しているというわけではないし、そこで観たものはけっしてきれいごとの心地よいものだけじゃなかった。さらに映画館の空間だと、その「居心地の悪さ」のようなものをごまかすために誰かに話しかけることもできないし、携帯を開くこともできないわけで。

大東 試写会が終わった後、皆さんのリアクションはどんな感じでしたか?

松島 『WIRED』のメンバーって、日々WIRED.jpで配信される比較的短くまとまった一般記事以外に、月に約20本、長文のロングリード記事を読めるんです。そこには情報やニュースだけでなく、インサイトやオピニオンがたくさん入っていて読み応えが半端ない。だから試写会にいらっしゃったのは全般的にリテラシーの高い方々。で、僕自身はさっきお話したような感覚でメディアを運営しているとはいえ、それでも読者は「AIは社会をどう変えるか」みたいな話を期待されていると思っていました。でも試写会の告知を出した瞬間に席が埋まったので、ああ、つながっているんだな、と。

日常的にWIREDを読んでくれている方だからこそ、本作品に触れることが社会にかかわる人間として思想の幅を広げる良いきっかけになると思いました

大東 『WIRED』は「文字」で届ける媒体じゃないですか。そこから、「読者と一緒に体感してみる」っていう場を設けるに至ったきっかけはどこにあったんですか?

松島 僕が編集長に就任した時から、「実装するメディア」という概念を打ち出してきました。狭い意味でのコンテンツを出して終わりにしたくない。メディアなんて勝手なもので、社会が変わったら以前とはぜんぜん違うことを言い出すところも多いじゃないですか。だから『WIRED』としては、スタンスを取って次の社会の在り方を果敢に提示していきたい。未来が複数形の“Futures”だとすれば、そのどこを見定めて実装していくのかを、言語以外にイベントでも提示していく、ということですね。

大東 その中で、広告主やクライアントとはどのように協力していくんですか?

松島 単に広告をもらってコンテンツを作るだけじゃなくて、企業という社会のビッグプレイヤーと組んで実際に何をどう実装していくのか。だからこそ、人々に体験してもらう場はどんどん作っていきたい。読者や企業の方々から「次はどんなテクノロジーやサービスが流行るんですか?」といった話をいただきがちですが、『WIRED』が常に意識しているのは、「そこにいる人間を考えていきましょう」ということ。そうじゃないと、テクノロジーの都合に人間が乗せられていくことになる。「新しい時代に人の感性や意識がどう変わっていくのか」を提示し続けることで『WIRED』は成り立っているんです。つまり、日常的に『WIRED』を読んでくれている方だからこそ、本作品に触れることが社会にかかわる人間としての思想の幅を広げる良いきっかけになると思いました。そういう意味で、この作品にはとても感謝しています。

『37 Seconds』は現在Netflixでも放映中。

大東 では、テクノロジーっていう観点からは「障害」をどのように捉えられますかね?

松島 もともとテクノロジーの大きな文脈として、「心身にハンディキャップがある人たちをエンパワーしていく」という使命が連綿としてありますよね。今やインターネットが商用化されてから30年以上が経ち、インターネット空間はミラーワールド、つまりもうひとつの現実社会にどんどんとなってきている。ユマの場合も、漫画家の黒子になるんじゃなくて、もし自分自身でデビューできる才能の持ち主だったら、テクノロジーはその能力をエンパワーしていけるはずです。
 一方で、双子の姉のことにしても、今の時代であればZoomで会話すれば済んじゃうわけで(笑)、そこをわざわざ俊哉(大東さん演じるヘルパー)が連れていって現地で直接会う必要がなぜあるのか、そうした問いがこの時代にもう一度返ってくる。改めて「直接会う」という行為の意味がすごく問われます。それは、パンデミックで外に出られない時に出てくる様々な問いと共通していますよね。


*前編ここまで。中編は次週公開予定です。

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