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旅記 1 Salzburg 2017.4.21ーたまには旅の話をしよう

そんなこと聞いてませんよぉ、と言ったところ。
東京を発つ時、現地では、気温は16度、最高気温は26度を越すという話だったのに、いきなりマイナス1度!

東京では、桜も終わり、2、3日前はもう初夏の気候で、Tシャツ1枚でも暑いと感じる日もあった。
旅慣れていないから、こういう油断があり、失敗がある。
ある研修会があって、目的地はウイーンだったが、その前にせっかくそこまで行くならと、ザルツブルクに寄った。

ザルツブルクでは、3日前雪が降り、またこの先水木金も雪だと言う。スマホの天気予報は、ずっと❄️マーク。
寒いぞ。
あまりの気温差に動きが取れなくなって、
息子にメールしたら、ユニクロはないの?ZARAとかH&Mは?何でもいいから買えば?と言う。
だが、あいにく今日は日曜日で、店はどこも開いてない。ZARAはあったが休業で、UNIQLOはなかった。
ザルツブルクでも、ウイーンでも、日本ではすれ違いざまに気まずい思いをする、ユニクロかぶり、ということは、一度もなかった。ユニクロのダウンは、見れば、すぐそれと分かるが、同じものを着ている人はいなかった。

万が一の時に持ってきた、UNIQLOのダウンコートと、発熱下着、タートルネックのセーターを着込み、寒くて肩をすぼめたまま呼吸をとめがちに歩く。そうしないではいられない。たいして役に立ったとも思われないが、腱鞘炎用のサポーター、マフラー、帽子、何でも暖かさを増すものは身につける。それほど寒い。

4月22日、ザルツブルクの観光ツアーを申し込み、朝8:30ホテル出発。
フォルクスワーゲンのワンボックスカーで、ローズマリアンヌというドライバー兼ガイドが迎えにきた。
ローズマリアンヌは、睫毛がうるさいほどに生えた青い目をしていた。ショートカットで、髪は明るい栗毛。だが眼窩は落ちくぼみ、笑うと顔中に皺がより、年齢は不明。魔女のようにも見える。

客は、他に赤ん坊を連れた中国人の夫婦がいたが、赤ん坊が慣れない外国人に怯えて泣き、ドライバーのローズマリアンヌが、時間も長いし山道もある、チャイルドシートもない、赤ん坊の彼には困難が多い、と言って難色を示し、彼ら3人は旧市街地を出るところで降りた。
ということで、プライベートツアーになった。

映画の撮影に使われる場所が様々な場所に点在していることは考えれば分かる。

サウンドオブミュージックでの
始まりの丘の上。
修道院の中庭。
静謐なチャペル。
中庭の墓場。
マリアが大佐の家に7人の子供の家庭教師として雇われ、カバンとギターを持って、歌いながら進む道。立派な門扉。大きな屋敷。
雷雨が来た時にリースルがペーターと踊る中庭のガラス張りの建物。
急に立ち上がったためボートがひっくり返って水に落ちる池。

映画を見る者は、それらのものがひと続きの土地の屋敷の表と裏にあると錯覚するが、それらは全くのピースの寄せ集めである。

ミサの始まりを告げる教会の鐘が鳴り、丘の上で歌っていたマリアが気づいて修道院に駆け込むには、車で30分以上飛ばさなければ、駆け込めない。

私達は、とびきりの上質な場所を映画で観ている。

モーツァルトの生まれたザルツブルクという町にとって、サウンドオブミュージックの大ヒットは幸運だったのか。
観光資源としては、これ以上の幸運はないだろう。 
映画が上映されてから何十年も経つが、人々は昨日のことのようにマリアの幸せな結婚を語り、トラップ一家の勇気ある山越えを思う。
そして、何もしなくても世界中から人は訪ねてくる。

丘に行けば、両手を広げ、
The hills are alive! と高らかに歌いたくなる。
遠くからカメラが自分を捉え、鳥の囀りと前奏が音量を増し、急速にアップがかかる。
エプロンに突っ込んでいた手を広げ、あたりを抱き込むように一回転して、
The hills are alive!

至福の瞬間がやってくる。

こちらはドレミの歌で使われた階段。

ガラス張りの建物の前に来れば、私は16歳、もうすぐ17、と誰もが歌う。
私も、ガイドが歌うワンフレーズにまんまとひっかかり、続けて、歌が口をついて出た。
サウンドオブミュージックの歌なら、どれも楽譜なしで歌える、そんな人は多いに違いない。

だが「私は16歳」の現地には、5分と開けず、ツアー団体がバスから降り、押し寄せてくる。
このガラス張りの建物に導かれ、人は一様に、おお〜と歓声をあげて、互いの顔を見て微笑みながらこの歌を口ずさむ。
この建物は、同じ歌を何百万回聴いたことだろうか。
リースル、ペーターになりきってダンスをして、ガラス張りの建物の中の石造りのベンチに乗って、ベンチを飛び回って踊ったあげく、足を踏み外して骨折する、など、観光客の怪我が後を絶たないため、今は建物には鍵がかけられ入れない。

どんな美味しい料理も同じものを続けて毎日食べられないように、どんなによい音楽も声も何十年に亘って同じものを毎日何百回は聴けない。

訪れる人は、ああ、あのシーンだ、と感激も新たに心満たされる。
だが、ガイドする側、受け入れる側はその喜びに心から同化することは難しいのではないか。
次々と押し寄せて声高に談笑し、歌を歌う観光客を見ているうちに、私は、段々に気持ちが萎んでいった。
もちろん彼らは商売だから、もしかしたら慣れてしまって、それらの音や行動を排除する機能が作動しているかもしれない。

私は観光客として初めてのサウンドオブミュージックツアーを楽しんだのだが、きっと現地の人々はうんざりしているだろう。

とは言え、サウンドオブミュージックは、私の中では、永遠の憧れ、美しさ極まる映画。騙されていることは承知で、それに身を委ねる。やはり映画は一人で観るのがいい。

トラップ大佐を演じたクリストファー•プラマーは、今年2月5日、91歳で亡くなった。トラップファミリーの長女のリースルは、2016年9月に73歳で亡くなっている。
考えるのも恐ろしいが、マリアを演じたジュリー•アンドリュースの命も永遠ではない。ある時訃報を聞くことになるだろう。そして、自分も例外ではない。

〈続く〉

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