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婚活相手から学んだ「良い人」を目指さない生き方

連日暑い日が続いていますね。

午前中、暑い中イライラして書き殴った記事で
「理不尽を受け入れて忍耐する」と書いたんですが、

書いてみたものの、やっぱりこんな聖人君主なんてやってられないと思いました。

私はいつも「良い人」であろうとしていました。
だから周りの目を気にして、良い人っぽいことをして。

なぜそうするかって、それは自分に自信がないからです。

「あいつ嫌なやつ~」
と言われたら自分の存在意義が消えそうだからです。

でも、婚活で知り合った人(10回以上会ってる人)を見て気付きました。

この人、全然いい人に思われよう、なろうとしていない。

良くも悪くもいつも自然体なんです。

だから従業員の悪口もいっぱい言うし、差別的発言もする。
酒飲まないと喋れないし、喋ったらうんちくばっかりだし。
でも、周りから愛されてる。
たぶん、自然体で生きてるからなんでしょうか。

私はいつからか
「良い人でないと私は愛されない」
という思い込みができてしまっていました。

だから、いつも無理に良い人でいようとしていました。

そして周りの目を気にして、自分で抱え込んで、
それにイライラして爆発。

「良い人」であろうとしてるのに結局嫌われるような態度をしてしまいます。

まさに本末転倒。。。。


さとうみつろうさんの「悪魔とのおしゃべり」という本に書いていました。

「自分を犠牲にしてまでやったのに!」と怒りを撒きちらすくらいなら、「他人のため」には何もしないでいいから、ただ微笑んで座ってくれないか?

さとうみつろう著「悪魔とのおしゃべり」

そうですよね~~。

私も全くおんなじ気持ちを経験しています。

小さい頃、母がイライラ怒りながら洗い物をやっていました。
そして近くでゴロゴロしている私に当たり散らします。

でも、イライラするぐらいなら「手伝って」とか言ってくれたらいいのに・・・と思っていました。

今、そのときの母と同じことをしている自分。

自分を犠牲にして「やってあげて」、でも周りには当たり散らす。

周りの人は「???」ですよね。
あなたが勝手にしておいてなんで怒ってるの?って。

「でも、私しかやる人いないから!」って思います。

でも、もしかしたらそれも思い込みなのかもしれません。
ほっといたら誰かがやってくれるかもしれないです。

あえて悪い人間になる

話は戻りますが、私は「良い子」になろうとしていました。
たぶん「良い子」の方が愛されるから。

でも、もうやめようと思います。
(以前にも「真面目をやめる」とか書いたな・・・)

他人にはどう思われようと、人生の最優先事項は自分を満たすことです。

だから、周りから「良い子」と思われたいがための行動はやめます。

自分ひとりじゃできないことは誰かに頼ります。
しんどいときは休みます。
しんどいときは代わってもらいます。
自分ひとりで抱え込みません。
気が乗らないときはしません。
自分のやることに集中します。
私はただ笑っているだけにします。

これを見ると、今まで
「自分を大切にする」=「自己中」=「悪い子」だと考えてたのかな。

でももういいよ。
自分の世界の中心には自分しか立てないんだから。


自己中で生きる!!!!



午前中はブッダのごとく聖人君主を目指していたのに、
午後からは悪人になると手のひらを反す36歳迷走女子でした。

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