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たべものってなんなんだ

命をつなぐのに必要な食べるという行為。

食べ物というのは、元々生き物で、我々の為に食べ物になってくれただけで、そもそもは彼らも先天の精をもって生まれて来て、後天の精を天地からもらって「生きていた」ものです。だから、当たり前ですが、気を持ってます。食べ物になってお店に並んでいる間にだんだん減っていきます。
我々人間は、「食べ物」から気をもらい、生物学上の両親からもらった先天の精と合わせ後天の精とし、生きていきます。(この先天と後天は、よく言われる先天性後天性と同じ意味です。生まれる前からの精と生まれてからの精。ここで言う精とは気の塊)
生まれる前も生まれた後も、ずっと誰かに気をもらい続けている。いただき続けている。
ありがたいことです。

食べ物を食べる時、我々は「いただきます」と言いますが、あれは、食べ物になってくれた命全てに対して、今からあなた方の気をいただきます、という意味だと思ってます。
食べ物を作ってくれた人、料理を作ってくれた人、運んでくれた人、などなど、その食事にまつわる様々な人への感謝は「ご馳走さま」で表しているのだなあと。
日本語の挨拶はとても的を得てますね。

食べ物って、命なんです。
動物も植物も全て、命。気。
私たちも命。気。
生きて死ぬもの。
そしてまたいつか、命という形を取ることもあるしないかもしれない。
その時はまた、今日食べたそら豆の気と、昨日食べた豚の気と、私の気が混ざり合っていた状態かもしれない。
元はみんな一つの気。

お腹が痛い時、自分の手のひらがさすってお腹を癒す。
私の体がバランスを崩してるから、食べ物となってくれる命を使って整える。
同じことに思えます。
だから、お腹が痛い時に更に叩いたりしないのと同様、食べ物の選び方も適切にしていきたいし、過剰には食べないようにしたい。
そのために、薬膳の理論はあると思います。
また、そう思って、「すがかて」講座を作りました。
食べ物、ちゃんと味わってますか?
その食べ物が、これなら成仏できるわーと思えるくらい、しっかり味わって食べたいですね。

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