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神様になれない夜に

「神様も、自分で神様になることを選んだのかな?」

華の金曜日。20時過ぎの居酒屋は、騒がしい。

そう呟いた彼女は、俯きがちに
焼酎ロックの氷をカラカラと遊ばせている。

島美人。

この居酒屋に来るといつもボトルキープで入れる焼酎。

ボトルキープのはずなのに、その日の内に飲み終わってしまう。

店を出る頃には、ふらふらのくせに 

それからカラオケに行こうと言って先陣を切って走り出す。

「銀河鉄道の夜」を必ず彼女は、デンモクに打ち込んで。

それから必ずマイクを持たずに熱唱する。


例えばそんな風にくだらなくて愛おしい時間が流れていた二十歳そこそこの頃の話だ。


「どういう意味?」

そう聞くと
彼女は焼酎のグラスを口元に運びながら、小さく笑った。

「だって、神様は人を救うって言うけど、結局触れられないじゃない?触れられないものが、本当に誰かを救えるのかな?って。」

彼女は、そう言うと
座敷の片隅にあるギターケースに目を向けた。

いつかの放課後。
彼女は、大学の講義室で、自作の曲を小さく爪弾いた。

「これでもシンガーソングライター。」

....なんつって。
そんな風に照れた彼女に大げさに拍手をした。
本当にすごいと思った。

それは
少し肌寒くなりはじめた季節の事だった。


「でもさ、触れられないからこそ、神様なんじゃない?」

酔いの回った頭で口にする。

「人間みたいに近づいたり、離れたりできるなら、それはもう神様じゃなくて、ただの誰かだよ。」

そう言ってグイと焼酎を飲むと
氷が溶けて、柔らかい味がした。

「そうかもしれないけどさ、なんだか寂しいなって思うの。触れられない存在になってしまうなんてさ。人間だったら、誰かと触れ合ったり、感じたりできるのに。神様は、そういうのがないでしょ?」


「触れられない存在、か」

小さな沈黙が生まれる。
何処かのテーブルでは、イッキが始まっている。
大きな声の塊が飛んでくる。
居酒屋は、小さな島の群れみたいだ。
それぞれがそれぞれの時間の中にいる。

「音楽だってさ、触れないもの。」

小さくそう呟くと、堰を切ったように彼女は、こぼした。

「確かにそこにある寂しさとか孤独とか。ちゃんと触れて、大丈夫だよ。って言ってあげたいのに。私には、それが出来ないんだ。でもそれが歌を歌う事で出来る人の事を私は神様だって思っちゃったんだよね。でも私は、神様になりたいわけじゃない。そばにいる人の事を大切にしたいだけなんだって気付いちゃったんだ。その方法は、多分、私にとって音楽じゃなくてもいいんだって。むしろ音楽に選ばれてないんだなってさ。神様もきっと神様になる事を選ばれてるんだって。私は神様には、なれないけどちゃんとその寂しさや孤独に触れる事が出来るのかなって。あーーー酔っ払ったーーー!!」

大げさに彼女は、そう言って仰向けに寝転がる。

不意に視界から彼女が消えると

せせり、チーズつくね、鶏皮、80円。
店の壁にかかったメニューが飛び込んできて
馬鹿みたいに
そのメニューを音読した。

せせり、チーズつくね、鶏皮、80円。

「すいませーーん!」と、彼女は、店員を呼び止めると、僕が音読したメニューを頼み始めた。

あーしめっぽいしめっぽい。
仕切り直し、仕切り直し。

歌うようにそう言って、笑顔を見せた。
彼女の瞳は、少し潤んでいた。

その事には触れずに
彼女のグラスに焼酎を注ぐ。

触れられないもの、触れられるもの。
今君は、その答えをどんな風に想っているのかな。
確かにあの時君が触れたものが胸をあたためる時があるよ。

“ハロー今君に素晴らしい世界が見えますか”

マイクを持たずに熱唱する彼女の声を思い出す。

“ハロー今君に素晴らしい世界が見えますか”

最後まで読んでいただきありがとうございます。