8月の空とアイスクリームの青
「8月32日をほんとに夢見るなんて馬鹿みたいだよねぇ。」
夏休みの終わりが近付いていたその日。
気怠げに彼女は、そう言って駅前のコンビニで買ったアイスクリームを舐めた。
その光景がそれから先「夏」を思う時の代名詞になるとは、知らずに僕は、ぼんやりと眺めていた。
空には、澄み切ったアオが広がり、雲ひとつない。
「例えば、この空のあおさが心だったらどうする?」
隣で同じようにアイスを食べていた彼女が、ぽつりと言った。
彼女は視線を空に向けたまま、僕には目もくれない。
「どうするって、どういう意味?」
軽く笑いながら、尋ねてみる。
「んー、どうするっていうかさ、だって、心がこんなに、あおくて、広くて、澄んでて、何もない感じだったらさ、ちょっと怖くない?」
彼女はアイスの棒を振り回しながら言う。
「怖いって、なんで?」
僕は、彼女の言葉の意味を考えながら、同じように空を見上げた。
“青い、蒼い、碧い、あおいなぁ。
アオイって今、どんな言葉が似合うんだろ?
アオイって澄んでるって事なのかな?”
そんな事を
暑さにやられて回らない頭で考えた。
空がアオイや。
「だって、何もないってことは、何でも入り込んじゃうでしょ。例えば、不安とか、悩みとか、いろんな感情が、さ。」
彼女がそう言った事を覚えている。
アイスの棒をくるくる回しながら、空のアオを見つめるその姿は、どこか遠くを見ているようだった。
人ってこんな風に違う道に進んでいくんだなぁ。と、思い返して思う。
けれど
その時の僕は、なんだか寂しい気持ちになった。
それだけの事しかわからなかった。
それを秋のはじまりのせいにしてしまえるほど無知だったし、子供だった。
だからこそ心だけで感じられるものがあったんだなとも今なら思う。
言葉にするって事は、無限大でいて窮屈な事だ。
だって
言葉は、心がなくちゃきっとその世界を魅せてくれないもの。
「でもさ、何でも入り込めるってことは、逆に言えば、何でも受け入れられるってことじゃないの?」
そんな事を
あの時彼女に話したならどんな言葉が返ってきたんだろう。
あの時僕はなんて相槌を打ったんだっけ?
忘れてしまった事、忘れられない事。
人はそういう風にして
人の中で生き続けていくんだよなぁ。
夏の終わりにアイスクリームを舐めながら思う。
「例えば、この空のあおさが心だったらどうする?」
毎年君に問いかけている言葉がある。
夏空は、意味を変えながら
今年も綺麗なアオを見せているよ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。