無にみえる生活

第一回 1日が早い

新しい連載を始めてみます。今日は5月4日こどもの日です。本当に子供だった頃、チェーンの回転寿司に連れて行ってもらって、子供と大人で座る席を2つ利用してお寿司をたくさん食べたことを思いだしました。当時生魚が得意ではなかったので、コーンマヨネーズや、唐揚げや、いなり寿司や卵寿司を積極的に食べる子どもでした。ゴールデンウィークや土日は外に出ると人が多いので、家にいます。誕生日やこういう日に主役だと思える日の経験をさせてくれて思い出が残っていることが嬉しいです。

今日は朝起きたらルーチンのラジオ体操をして、ウエストのサイズを測って体調管理をしました。
大学の動画学習を一つ進めるのに1時間以上かかってしまい、薬の影響もあって昼に1時間椅子に座ったまま居眠りしていました。
前回、薬の影響で深刻に物事を考えすぎないようになっているのですが、寝てばかりです。それと、Youtubeやアニメをぼやぼやとみる時間が多くなったのを実感しています。昨日は椅子二つを駆使した昼寝を3時感もした上に23時くらいには寝たので1日の睡眠時間がほとんどを占めています。
これはいけないです。
受動的な傾向が強まっています。勉強以外で記録する時間も減っています。
睡眠は不幸から遠ざけてくれるが幸福にはならないとYouTubeで学者が言っていました。
その通りだと思います。

寝ている時間は何かすることができないので、成すことが何もないです。無です。

勉強している間の時間はあっという間に過ぎるので、1日が何もならなかったような気持ちになります。これが昔からなのですが、一体どうにかならないものか、と思います。
最近は方上記私記を読み進めながら、奈良時代の大仏のことを勉強しました。
中学までの日本史と世界史の記憶しかないので、高校では地理を選択したので改めて高校の日本史と世界史、政治経済の教科書を買って世界史から少しずつ読み進めています。
芸術史を学ぶにしても、地盤となる歴史の知識が足りないな、と痛感しているのですが、小さくても勉強したものがつながる時が面白いと感じます。ただ、何事も最初に慣れるまで3ヶ月、といいます。
仕事から離れてはや4ヶ月経って、環境の変化に対応するのが苦手な私も少しずつ慣れてきました。
ただ、新しく4月10日から始まった新生活の生活に慣れるまでの7月から8月までの3、4ヶ月は慣れない中で時間がかかる鬱陶しさのような不慣れさと仲良くしながら地道に学びを進めていきます。
個人的な課題としては、量をこなすのに時間がかかるという部分が弱点です。飽きるのが早いのか、集中力がないのか、やり方が悪いのです。面白い、となったものはすぐに量をこなすことができますが、それがわかるまでの最初が辛いです。1年くらい続くのか、それ以上かと思うと果てしなく感じます。
けれど、何事も終わりが来ることが分かっているのでやれるのです。

1日何を学んで興味深いと思ったのかまとめることをしたらまた無の感覚から脱することができるのでしょうか。
私の記録力は良いわけではなくて、特に座学に関係することに関してはポンコツです。なので、資料動画を見ながらiPadで記録を取ったり、本を読みながらメモを取ったりしました。一方、経験に基づく些細な記憶はいい方です。道にあまり迷わない特技があります。

そういう自分の平凡さを自覚すると、優秀な同級生のことを思い出したりして、無駄に比較してしまう悪い癖が出ました。
比べたって、私の記憶力が良くなるわけではないですし、もちろん今後どうやって大学のことを自分のものにしていけるか、また、今貯金で生活している状態なので、今後の働き方を考えた方が有益なことなので、やめました。
これが、昔は比べてどうにもならないのに自己否定して、自己満足して責めることで自分を苦しめる趣味みたいなものを抜け出せなかったのですが、最近は「自覚」してやめることができるようになったので良いことだな、と思います。

前向きな、もしくは自分が救われるような建設的なことをやった方が、もしくは考えて記録した方が何倍もいいです。

昔話になるのですが、3年くらい前から半年前までは夜勤に出る前15時くらいになったら布団から出て、15時から16時までの1時間を好きなYoutubeであるスーツ旅行チャンネルを見て逃避行を頭の中ですることをしていました。それから、コロナも流行ってきてさらにどこかに足を運ぶことができなくなってしまい、ぼんやり「夜勤嫌だな」「このままどこかに行ってしまいたいな」と思って16時過ぎに諦めて職場を出ることをやっていました。
最近また旅行チャンネルの動画を見始めて、思い出しました。
その環境から脱することができたのが良かったな、と改めて思いました。しみじみと、良かったです。
嫌な経験をすると、そこから脱することができた時に解放される気持ちを持てるのがいいことです。
人と関わらないとどのくらいのペースで生活が進んでいるのか、社会から取り残されているような気持ちになります。ただ、そもそもペースに正解があるのか、と言われればないです。効率はあるのかもしれませんが、ペースを知っていけるようにやってみるしかないです。
なんでも経験してみることが大事だな、と思います。
最近は機会があれば奈良に行ってみたいです。

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