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フリーランスの働き方、企業の働き方の相互関係|『モバイルメディア時代の働き方』を読んで

実践女子大学人間社会学部 松下慶太准教授の最新刊『モバイルメディア時代の働き方 拡散するオフィス、集うノマドワーカー』。これを読むと、いま私たちの働き方が急激な変化は、「働き方改革」ブームや「人生100年時代」への危機感が引き起こしたのではなく、テクノロジーの発展によって私たちのコミュニケーションの仕方や、場所や時間の捉え方が徐々に(昭和の時代と比べてみるとものすごく大きく)変わっていて、その延長線上に自然に生じていることなんだなと感じられます。

全6章のうち、第三章は企業のオフィス、第四章はコワーキングスペース、第五章はワーケーションが詳しく取り上げられています。特にワーケーションの章は、飛騨市、バリ島、スペイン、ニューヨークの各地で一定期間滞在してフィールドワークを行なった上でのレポートなので、現地の空気感などが伝わってきて大変興味深いです。

また、第一章と第二章は「働き方」というテーマからいったん離れ、私たちの生活におけるメディアと場所・空間のあり方の変遷について解説されています。そこが、メディア・コミュニケーション、若者、教育・学習というテーマに取り組んできた研究者である松下先生ならではですし、得るものが多かったです。

以下、2つほど私の印象に残ったことや考えたことを記します。

「オフィスはいらない」と言われちゃったオフィスだけど…

「第三章 オフィスの拡張と拡散」で、20世紀初頭からこれまでのオフィスのあり方の変遷が描かれています。

それによると、日本では2000年代後半から「クリエイティブ・オフィス」というコンセプトが重視されるようになりました。世界的にも有名な経営学者 野中郁次郎教授らが提唱したナレッジマネジメントのフレームワーク「SECIモデル」を実現するような行動を、オフィスの設計やデザインによって誘発しようという考え方です。

 部署が違っても気軽に雑談したりできる居心地の良いリフレッシュスペースを作る(暗黙知の共同化)、ブレストやディスカッションがやりやすいようにホワイトボードを置いておく(暗黙知の形式知としての表出化)といった工夫は、最近のオフィスでは珍しくありませんよね。こういうのは「クリエイティブ・オフィス」の頃から盛んになってきたようです。

皮肉だな……と思ったのは、オフィスが「クリエイティブ」を目指すようになってわりとすぐに、一種のクリエイティブな人たちの間でオフィスの存在意義を否定するような「ノマドワーク」ブームが起きたということ。

ジャーナリストの佐々木俊尚さんが『仕事をするのにオフィスはいらない』(光文社)を出版したのが2009年。これを皮切りに、ノマドワークに言及する本がどんどん出版されました(P.117には2009年から2014年にかけてのノマドワークに関する主な出版物が36冊も挙げられています)。

ブームの牽引者は、フリーランスのジャーナリストやライター、デザイナー、プログラマーなど。こういう人たちが「オフィスはいらない」と言ったところで、会社員として働く多くの人たちにはあまり関係ない話だったかもしれません。でも、ノマドワークブームは「クリエイティブの種はオフィスの外(社外)にあるのでは?」「働く場所って、オフィスの中だけとは限らないのでは?」ということを普通の会社員にも考えさせるきっかけにもなったのではないでしょうか。

いまになって「クリエイティブ・オフィス」のコンセプトを見ると、社内のコミュニケーションのことはよく考えられているけれど、他社とコラボレーションする、外の視点を取り入れる、ということはほとんど考えられていなかったようです。オープン・イノベーションやフューチャー・センターが注目され、企業もオフィスの一部を外部に解放するような動きが出てくるのは2010年代。こうやって振り返ってみると、短い間にオフィスの考え方もかなり変わっていますね。

個人的には、最近はオフィスの意義が再発見されつつあるように感じます。「オフィスはいらない」と言っていたクリエイティブな人たちも、自分の集中力を高めてパフォーマンスを最大限に発揮するにはスタバでは不十分だと感じるようになっているんじゃないかな、と。良い仕事ができるコワーキングスペースとか、周囲の街並みや自然なども含めた良いワーケーション環境とか、今後より注目度が上がっていくのではないでしょうか。

新しいワークスタイルはフリーランスが切り開き、企業が取り込む?

印象に残ったのが、「第五章 ワーケーション」の一節。

フリーランスのデジタル・ノマドたちはこれらのネットワーク資本を自らが整えていく必要があるが、逆に企業からすると資金・給料ではなく、ネットワーク資本を配分することで、社員の生産性あるいはイノベーションやクリエイティビティが高まるのであれば、それらへの投資・支援は有効な人事・経営戦略にもなりうるだろう。
(『モバイルメディア時代の働き方 拡散するオフィス、集うノマドワーカー』P.175−176)

「ネットワーク資本」というのは、ここでは、ワーケーションを可能にするための能力や条件といった意味で使われています。例えば、働く本人の「モバイルな身体(英語や現地語の能力、モバイル機器、趣味など)」と「モバイルなワークスタイル(スケジュール調整、モバイル環境、専門性やスキル)」、ワーケーションを受け入れる地域の条件(魅力や特色、ビザや滞在場所、滞在者の興味を満たすアクティビティなど)、コワーキングスペースの存在などです。

こういった資本を独力で用意する余裕や自由度が高いのはフリーランスなので、ワーケーションに挑戦しているのも現状ではフリーランスが多いでしょう。やがてメリットが世間に認知されてくると、大企業や機動力のあるスタートアップなどが、社員のために用意してあげるという動きが出てくるというわけです。

これって、ワーケーションに限らず、ワークスペースについても同じですよね。先に触れたノマドワークブームのときは、「かた苦しくて窮屈なオフィスなんかよりも、いごこちの良い場所を自由に選んでリラックスして仕事した方が幸せだよね」というノマドワーカーの実感があったと思います。でも、最近のオフィスはどんどん居心地の良さやリラックス感を取り入れてきていて、その上に集中しやすさとか便利さといったものが付加され、外のカフェよりオフィスの方が良い環境になってきています。

より幸せな働き方、より効率的な働き方を、まずはルールに縛られないフリーランスが見つけたり編み出したりし、それを企業が後追いして社員に提供する、という追いかけっこは、今後もきっと続いていくんだろうな、と思います。フリーランサーである私としてはちょっと悔しい気持ちもあったりするけれど(笑)、企業はどんどん「いいとこ取り」をすればいいんです。それで世の中の働く人みんなの働きやすさが上がっていくのが理想です。



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