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小説 開運三浪生活 34/88「university of Iwate, by Iwate, for Iwate」

六月に入った。相変わらず週一回の部活に参加していたものの、文生はもはや卓球に熱が入らなかった。部活というよりサークル然とした緩い活動を望む部員に、肩透かしを食らった気持ちだった。部活への失望も相まって、大学生活そのものに対する期待はさらに薄まっていった。他大学への編入について調べ始めたのもこの頃だった。

この時季、ほかの大学に進んだ高校時代のクラスメイト数人とひさしぶりに連絡をとってみると、それぞれが大学生活を謳歌していた。中部地方の国立総合大学に進んだ木戸は軽音楽サークルに入ってはっちゃけているらしいし、アルバイトの詰め込みすぎで忙しいというヤツや、早くも彼女ができたというやり手の情報も届いていた。景気の悪い知らせと言えば、滑り込みで入った都内の工業大学が男子ばかりでつまらないという、悪友・野田の愚痴くらいだった。

――男子校出身だから。

そんな理由で女子に対する免疫がないことを正当化していた文生だったが、同じ男子校で過ごしてきた旧友たちに彼女ができたことで、その言い訳は使えなくなった。

文生にも気になる異性はいた。同じ公共政策学部の千葉というすらっとした黒髪ロングの女子学生である。と言っても単純に、色白・黒目がち・細目のすっきりとした顔立ちがどストライクというだけで、会話などしたこともなかった。グループワークで一緒になることもなかったし、接点になりそうな友人もいなかった。一度、情報演習室で千葉が独りパソコンに向かっているのを見かけたが、話しかける勇気も話題も文生にはなかった。そのくせ、講義で千葉を見かけると用もないのに何度もチラ見した。

大学そのものに満足できず、かと言って現状を変える行動を起こすわけでもなく、恋にも臆病であった文生の欲求不満の導火線に火を点けたのは、政策学基礎という講義で教員が発した一言だった。

「君たちは県が創った大学で学んでるんだ。卒業したら岩手のために働きなさい」

雑談の巧い教授だった。その日の講義は地方自体の行政のくだりで、県大が設立された裏事情に触れた時に、この言葉が出た。受講生が県内出身者ばかりでないことはさすがにわかっていたはずで、この教授らしい極言だったが、これが文生のネガティブな琴線に触れた。

――やっぱ俺、ここにいるべきじゃねえな。

その教授はこうも言った。
 
「最近よく〝グローバル〟って言葉を聞くだろう? 県に貢献するとはいっても、視野は広く持たなきゃ駄目だ。君たちは大学でその眼を鍛えてください。岩手にいても、物事をグローバルに考えることはできる。常に世界の動向を気にしてください」
 
文生はまた心の中で突っかかった。
 
――この超ローカルな環境でか? 学生の八割が県内だぞ。何がグローバルだよ。
 
 
もやもやとした心地で講義室を出た文生の頭に、さっきの教授の言葉が何度もよみがえった。卒業したら岩手のために働けよ――。
 
「県のために働けだって? なんだそれ。ここは公務員養成学校かい。聞いてねえぞ」
 
隣を歩く貫介が静かに息巻いていた。
 
「そんなこと言ってるとやめてやるぞ。こんな――」
「俺、ほかんとこ受けるわ」
 
貫介の言葉に押しかぶせるように、文生は宣言した。
 
「おう、やれやれ」
「夏休みから始めるわ。受験勉強」
「マジか」
 
真顔に戻った貫介が向き直った。いつもは泳ぎがちな文生の目が、珍しく据わっている。
 
「そうか。決めたんだな。また熊本受けんの?」
 
文生はこの年、国公立受験の前期日程で熊本大に落ち、県大には後期日程で合格していた。
 
「いや、夏休みに入ったら、もっかい調べ直して、どこ受けっか決める」

また熊本になるかわかんない。けど、どっちにしろ西日本の大学だろうな、と文生は続けた。

「そうか。遠いな」

斜め上を見上げて、貫介がつぶやいた。

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