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小説 開運三浪生活 40/88「パスタとハンカチ」

数日後の午後一時、文生は研究室のドアをノックした。源田は一瞬、誰だっけという顔をしたが、文生が名乗ると「おお」と相好を崩した。最悪、いきなり詰問されるものと思っていたので、文生は少し拍子抜けした。

「お昼もう食べた?」

これまた意外な質問だった。昼休みの学食では誰に会うかわからないので、文生はいつも講義時間を狙って昼食をとるようにしていた。

「いや、まだです」
「じゃあ食べに行こう」

てっきり学食に行くのかと思いきや、源田が向かった先は駐車場だった。

「田崎君、パスタは食べれる?」
「あ、はい」

車は滝沢駅とは逆方向へと進み、文生がまったく足を運ばないエリアに入った。ロードサイドに商店や飲食店がちらほら見え、滝沢駅界隈の単なる住宅地よりも幾分栄えていた。

小じゃれたイタリアンの前で、源田の車は停まった。チェーン店ではないイタリアンに入るのは文生にとって初めてだった。メニューを見てもよくわからなかったので、源田と同じトマトソースの日替わりパスタを注文した。

源田は終始にこやかだった。

「なるほど。どうしてもその――広島大に入りたい、と。若いうちは納得するまでやったほうがいいよ。年取ってからの挑戦には、今以上にリスクがともなうからね。田崎君は今いくつ?」
「まだ十八です。誕生日来たら十九」
「実はわたしにも君と同い年の息子がいてね。学生たちを見てると、なんか他人事に思えなくてね。――親御さんは何ておっしゃってるの?」
「や、これから言いますけど、多分応援してくれる……と思います」
「そうか。――そうそう、講義に出ないのなら、休学の手続きをしたほうがいいよ。授業料がいくらか返ってくるんじゃなかったかな」

時折りハンカチで口元を拭いながら、源田教授は言葉を続けた。県大にいながらにして他大学を受験するという文生の行為を、一切否定しなかった。広大を志望する理由や、優等生と劣等生の両方を経験した生い立ちなど、自分でも驚くほど淀みなく語る文生がいた。担当教員というより、一人の人生の先輩と話しているような心地だった。小一時間はあっという間に過ぎていった。

「県大の人間ではなく個人として、君の挑戦を応援するよ」

県大の駐車場で源田と別れ、文生はいつになく晴れ晴れとした気持ちで図書館へと向かった。岩手山の巨大な頂が、白く染まり始めていた。


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