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小説 開運三浪生活 41/88「さよなら文明Vol.2」

十月後半から受験勉強に専念することにした文生がまずやったのが〝テレビ断ち〟だった。講義で使っていたA4のルーズリーフ用紙にボールペンで大きく「テレビ禁止」と書き殴り、テレビ画面を覆ったのである。

小学校から高校までテレビを観ない生活を送ってきた文生は、県大に入学して独り暮らしを始めた途端、アパートに帰ると呼吸するようにテレビを観るようになった。誰からも後ろ指を指される心配はなかった。

夏休みに受験勉強を始めてからもその傾向は相変わらずで、アパートではついついテレビをつけてダラダラと過ごしてしまっていた。晩飯を食いながらプロ野球中継を眺め、教科書を目の前に置いてバラエティを眺め、ページがほとんど進まないままその日のニュースを眺めた。ようやくペンが動き始めた頃にはNHKの『映像散歩』がゆったりと流れ、文生の身体はいいかげん眠り支度を始めていた。

毎日その繰り返しだったので、張り紙でもしない限り自分を律することはできなかった。十年間テレビから離れていたのが嘘のように、文生はテレビに依存していた。むしろ、ずっと抑えつけていたテレビ欲がここぞとばかりにはじけていた。

テレビを捨てるという発想はハナからなかった。念願どおり広大に受かって、来年の四月から広島の新居でまた使い始めるつもりだった。

十二月に入ると、今度は勉強場所を変えた。電車で二駅南に行った盛岡の街なかにある、県立図書館に通うことにしたのである。

県大の図書館にはアパートから歩いていけるし、平日は夜九時まで開館しているので勉強時間を確保するにはうってつけだったが、いかんせんほかの県大生の目は気になった。一度、レポートに取り組む貫介の隣で勉強していたら、向かい側に同じ公共政策学部の一年生が来てしまったことがある。文生はとっさに顔を伏せた。顔を合わせば立ち話する程度の仲ではあったが、再受験のことは絶対に知られたくなかった。

知り合いに遭遇するリスクは常にあった。さらに、図書館内にある共用のパソコンが文生の集中力を削いだ。勉強よりもネットサーフィンの時間のほうが長い日もあった。そんな調子だから、進捗ははかばかしくなかった。

盛岡にある県立図書館は静かなうえ、共用パソコンもなかったし、県大生に会う確率も低いはずだった。まともな時間帯に起床できれば、文生は午前中から盛岡に向かった。

県立図書館に通うようになって、さすがに勉強は捗るようになった。それでも志望校である広大は雲の遥か上という感じだったが、少しずつでもとにかく進むしかなかった。

受験勉強に専念するため県大を休学する旨を両親に伝えた時、さすがに色よい返事は来なかった。それでも、広大を目指すことがある意味キャリアアップになるなら挑戦する価値があると母親は思ったらしく、しぶしぶ承諾した。

「自分で納得するまでやればいいばい」

生活費は引き続き支援してくれることになった。文生は親のスネかじりに甘んじた。

その年の暮れ、県立図書館からの帰りにコンビニに寄った文生は、衝撃的な漫画に出会った。高校生の途中から、文生は少年ジャンプや週刊マガジンをときどき立ち読みして楽しむようになっていた。まだ立ち読みが許されていた時代だった。文生は絵柄で漫画の好き嫌いを判断する。この日、何気なくマガジンをめくっていると、文生好みのすっきりした線で描かれた、女子がやたら出てくる漫画が目に留まった。読み進めてみると、主人公の男子は東大をめざして三浪中らしかった。文生は我が目を疑い、何度も読み返した。

――三浪って、いったいどんな世界だよ……。

おそらく自分には想像もつかないくらい暗く、厳しく、重苦しい世界に違いなかった。三浪という境遇が明るいはずがない。このとき文生は、自分も二年後同じ立場になるとはつゆほども思っていなかった。

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