小説家=芸人論
WEB連載の「桔梗の人」よろしくお願いいたします! と共に、2019年2月新刊の「奇説無惨絵条々」(文藝春秋)と文庫化「曽呂利」(実業之日本社)もよろしくお願いいたします。
物議を醸す発言を放つのが大好きです。
というわけでいきなり出し抜けに物議を醸しかねない発言をしますが、小説家は芸人であるというのがわたしの持論です。
あー、なんか怒られそうですねー。
どーしたわけか小説家という存在に不思議な夢を持っていらっしゃる方が多いので、こうした発言をすると反発を食らいがちです。昔はどうか知りませんが、2019年現在、「小説家である」ことが特権的な地位を約束してくれるわけではあるまい、というのが作家稼業七年目に突入したわたしの感想です。
小説家を「小説を書くこと」を表芸にした芸人なのだと理解してやると、割とわかりやすいんじゃないかなと思うんですよ。
人気があればいくらでもお呼ばれがありますし、芸を理解してくださるお客様のおかげで実力も評価されうる。中には己の芸を芸術の域にまで高めておられる方もいれば、余技や趣味といった部分で世間様と繋がることができる人もいる。一人一人、自分の芸を高めたりスライドさせたりしながら居場所を見つけていく。それはさながら、芸で身を立てる人々の姿そのものです。
真摯なまでに己の表芸に取り組んでもいいですし、他の能力に力を振り分けてもいい。世界一のジャグリング技術を志向する人も、ジャグリングしながら話芸でお客様の笑いを取りに行くスタイルの人も、等しくジャグラーであるのと一緒です。
ありがたいことに、わたしはいま自分の表芸に取り組める環境が整い始めていますが、それでも「表芸にだけこだわっていていいのか」と逡巡することがあります。もちろん、小説を書くことを売っている芸人であるからには表芸をないがしろにするわけにはいきません。けれども、それだけに邁進するということは、己の可能性を潰すことにもなりません。
とまあ、いろいろと悩んでいるふりをしているのですが……。
明日、八重洲ブックセンター八重洲本店さんのイベントです。
小説を書くことよりは拙いわたしの余技、話芸を披露する場です。
必死こいて頑張りますので一つよろしくお願いいたします。
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