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『奇説無惨絵条々』の世界第12回、「落合宿の仇討」ライナーノーツ(2/2)

 『奇説無惨絵条々』(文藝春秋)、各書店様、WEB書店様などで好評発売中です。

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  はい、というわけで、前回の続きです。「十三人の刺客」の元ネタに取材した「落合宿の仇討」の登場人物のライナーノーツです。

明石様
 映画「十三人の刺客」などでは「松平斉韶」表記でこの人物も実在するのですが、この人は特に暴君であったとはされておりません。史実で暴君であったとされるのはその後を継いだ松平斉宣で、「十三人の刺客」などで語られている経歴などとも符合します。なぜこの辺りの取り違えが起こったのかは判然としませんが、大人の事情があったのでしょうねえ。
 ちなみに、この話で話題になった「尾張藩とのトラブル」や「暗殺」云々に関しては事実性が薄い、というか、あまり信ぴょう性のある史料はないとされています。「限りなく史実性が薄い」とわたしが述べるのは奈辺にあるのですが、いずれにしても、こうした逸話、大好きです。
 いずれにしても、暴君扱いされてしまったお二人はお気の毒、とくに全然暴君の逸話がない斉韶公が本当にかわいそうですねえ……。

平吉
 三田村鳶魚翁の本によれば、源内なる猟師が子を斬られた仇討に明石様を鉄炮で討ち果たした、という記事が見られますが、実はこの話、裏取りができません。あえて源内の名前を使っていないのは、史実性の揺らぎがそこにある以上、源内の名をそのまま使う必要はなかろうという判断でした。
 しかし、実はこのお話の中で(曲りなりにとはいえ)実在するのは明石様(と平吉の子)を除けば平吉のみです。
 イメージコンセプトは「田舎に住む復讐のジャッカル」。あ、ジャッカルというのは名作「ジャッカルの日に」に出てくる凄腕の狙撃手のことです。本作を書くにあたり、「ジャッカルの日に」は大変参考になりました。

正十郎
 実在しません。本作のストーリーラインを形作る主人公です。
 実はわたし、アマチュア時代に幕末の人斬りを主人公にした連作中編を書いており、いつか「人斬り」を書きたいと思っていたのですがここで果たせるとは何たる僥倖。正十郎はそんな人斬り達の姿を混ぜて形作りました。
 イメージコンセプトは「殺伐と狂気」。なお、本作の中で正十郎を指して「狂い犬」と称されておりますが、「狂犬」のあだ名を持つ著者としては、非常に愛を持って書いた登場人物と言えます。ああいう果てのない彷徨みたいなモチーフが刺さるお年頃です。
(真面目な話、抜け出そうとして抜け出せない蟻地獄みたいなものが本作のテーマで、正十郎は見事にその役目を果たしてくれたと思っております)

お升
 実在しません。こういうお話を作るなら脇に女が欲しい! ということで急遽形作った登場人物です。
 当初、このお話は男臭いものを想定していました。ところが、案外お升がいい具合にお話に関わってくれたおかげで、いい意味で男臭さが提言されたように思っています。
 そして、一番難航したのがお升の人物造形でした。
 最終的には「だめんず」で収まりましたが、そこに至るまでに様々な逡巡がありました。女性を書くのは難しい!
 イメージコンセプトは「お色気と蓮っ葉」。

復讐兄弟
 実在しません。
 明石様が暴君なら、当然恨みもたくさん買っているだろう、ならこういう子たちもいたんじゃないかと出してみました。ある意味で、主人公らしい動機を有した二人組でした。実際このお話、復讐兄弟の落ち行く先、みたいなものがテーマにつながったりもして、この二人を出してよかったと心から思っております。
 それにしても、救いがないなあ。

藤木又兵衛
 実在しません。
 落合宿を締めているやくざという設定です。当時、やくざたちが治安維持を担っている、それがゆえに街道筋はかなりどんよりした空気であったという史実を反映させるべく登場させました。実はこの方、江戸の人間であるという裏設定もあるのですが、今後使うこともあるまいと思うのでここでお焚き上げ。
 イメージコンセプトは「いい人っぽい怖い人」。

 はい、こんな感じですね。
 さて、次回からは最終話「夢の浮橋」のライナーノーツです。ぜひぜひお楽しみに。

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