信長様はもういない書影

ものを作る人間の職業倫理

 まだわたしが駆け出しの作家だった頃、当時の担当者だった編集者さんといろんなことを話した後、3.11の話に雪崩れ込んだことがありました。確かあれは2014年のことだったと記憶しているので、3年前の話を訊いたことになります。

 その時編集者さんは淡々とこう答えてくれました。

「本を作っていました」

 震災当時、わたしはサラリーマンでした。地震などの有事の際にはかなり強い責任を負わされる職場(すみません、これ以上はご迷惑が各所にかかるので何も言えません)で、営業部署にいたわたしですら現場に出て色々な保守をやりました。
 それだけに、出版社の方は有事の際、どういう動きをなさったのか、聞いてみたかったのです。
 その時の編集者さんの言葉が忘れられません。

「いつでもどこでもよりよい本を作るお手伝いをするのが編集者という仕事です。どんなにつらいことがあっても、悲しいことがあっても。それが編集者という人間の責務だと思っています」

 そんなわたしは気づけばこの世界にしがみついて八年、こうして書き続けることができています。

 どんなにつらいことがあっても。
 どんなに悲しいことがあっても。
 より良い本を作る。

 あの編集者さんの言葉は、今でもわたしの耳朶に絡みついたまま離れません。

 たぶん、プロであるとはそういうことだから。
 小説家とは、良い本を世に問うことで、間接的に、迂遠に、世の中に貢献しなくてはならない仕事だから。

 だから、わたしは足を止めまいと思っています。

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