「BAB 特定存在管理局」 第一話


 深夜の人気のない大きな橋を、一人で歩く女子高生がいた。

 こんな時間に制服の上にジャケットを一枚羽織っただけで出歩いている少女は、ショートのさっぱりとしたボブの髪型で、色は派手な金髪だった。
 そんな姿は当然目立つのだが、そもそもすれ違う相手などおらず、車道を通る車もまばらだった。
 しかし、少女はふと自分の後ろ何メートルか後ろを、誰かが歩いているということに、その足音から気づく。振り向かず、微かに視線を横にやると、街灯に照らされた影が自分の足元まで伸びている。

「誰……!」

 少女はそう言いながら振り向くが、おかしなことにそこには誰もいない。長い橋のずっと奥まで、誰一人として歩いている人間はいない。

(そんな馬鹿な。確かに誰かいたはずなのに!)

「こんな時間にお出かけかな? 夜中に小腹でも空いたのか?」

 その声は、少女の背後……先ほど振り向くまでは正面だった方向……から聞こえる。歩いていた時は、正面に人などいなかった。
 後ろを歩いていた人間が、振り返った瞬間姿を消して、自分の背後に移動したとしか、思えなかった。

「アンタ何者?」

 少女が再び振り向くと、今度はそこにちゃんと人影があった。
 その男はトレンチコートを着ており、その高そうなコートの割に顔は若く、少女と同い年くらいに見えた。黒いゆるく癖のある髪をしており、あまりこまめに髪を切っているようには見えない。

「あぁ、怪しい者じゃないよ」

 男はおどけるようにトレンチコートの片側をがばっと開いた。その中には、黒いスーツを着て、しっかりとネクタイをつけている。

「性犯罪者ではないってことね」

「その通り。でもさぁ、人に尋ねる前に、まず自分から自己紹介するもんでしょ? 実際」

 男の半分しか瞼の開いていないような目からは、やる気が感じられない。発した言葉からも覇気がなく、皮肉っぽい喋り方を少女は不快に感じた。
 少女は男を警戒しながら、懐に手を忍ばせる。男と少女の距離は、数メートルは開いている。襲い掛かられれば、逃げ出せる距離だ。

「おおっと。下手はやめときな。実際、調べはついているんだ。桐崎(きりさき)冴姫(さき)」

 ぴく、と冴姫と呼ばれた少女の顔色と纏う雰囲気が変わる。

「能城雄三……三十八歳。婦女暴行の罪で服役した後、保護観察中に住宅街で殺害される。腹部を一閃、一刀両断にされた、真っ二つになったその遺体は人間業とは思えず、未だ事件解決の糸口は掴めていない……」

 突然、わけのわからない話をし始めた男に対して、冴姫は何も答え無い。しかし、男を睨んで表情一つ変えない様子も、正常な反応ではなかった。

「可哀想に。社会にとって不要なクズだったが……それでも人権のある一人の人間だった。ところが……君はどうだ?」

「何が言いたいの?」

 冴姫は懐に手を差し込んだまま、姿勢を低くして、臨戦態勢を取る。

「つまり……そうだな」

 男は黒い手袋をした右手の甲を見せるように、身体の前へと腕を曲げる。

「君は人間じゃないってこと」

 パチン、と、男は指を鳴らした。
 すると一瞬のうちに、男は冴姫の先の目と鼻の先まで瞬間移動していた。
 男はそのまま走って距離を詰めながら、警官が持っているような伸縮式の警棒を、素早く振って、ジャキンと伸ばす。

「私に近づくな!」

 冴姫は懐から手を出す。そこには、料理用の包丁が握られている。
 男は、容赦なく冴姫に向かって警棒を振るう。
 冴姫はその警棒めがけて、振り払うように包丁を振るった。
 サクッ
 まるで初めからそこで割れていたかのように、警棒が真っ二つになった。

「お、おいおい……! 特定存在使用の特別製だぞ⁉」

 男は狼狽しながら、素早く二歩ほど後ろに下がる。しかし、冴姫は距離を詰め、包丁を二度、三度と振るう。
 男はそれを紙一重で避けながら、叫ぶ。

「待った! タンマ! 反則だろそんなの!」

 冴姫はそれを聞き入れず、包丁を構えて、まっすぐに突き出した。
 しかしその瞬間、男は再びパチン、という音と共に、包丁が突き刺さるはずだった空間から姿を消す。

「ふぅ……危ない危ない。やっぱやめだ。落ち着いて話そう。そうしよう」

 男はいつの間にか、冴姫のすぐ後ろに瞬間移動している。冴姫は振り向きざまに包丁を一薙ぎするが、男は再びパチンという指を鳴らす音と共に消える。
 橋の欄干に、バランスを取りながらしゃがみ込んだ男は、ひょうひょうとした調子で話を始める。

「桐崎冴姫……三日前に特定存在(ビーイング)と認定。暴漢に襲われ、刃渡り僅か数センチのカッターナイフで男を真っ二つにした。所持していたカッターナイフ自体が特定存在と思われたが……他の刃物も異常な切断力を持つ事例を確認。桐崎冴姫、固有の能力と認められる……だそうだ」

 男の言葉に、冴姫は忌々し気に、自分の持っている包丁を見つめた。

「まだ目覚めたばかりで、自分が何者かもわかっていないんだろう? 教えてやろう。俺たちは……特定存在(ビーイング)。特定の手段をもって管理されるべき、野放しにしておけないヤバい人間だ」

「お前と一緒にするな!」

 冴姫は男がしゃがんでいる欄干めがけて、包丁を振り回す。すると欄干は紙でできているかのように軽々と切り刻まれ、バラバラになって真っ暗で遥か下にある川へと落下していく。
 男が欄干を伝って逃げるので、冴姫は追いかけるように包丁を振り回し、欄干は次々にばらばらにされて、落ちていく。

「そうそう、君の名前を知っているのに、名乗らないのはフェアじゃなかったな。俺は、空間(そらま)瞬(しゅん)。もうわかると思うが、君と同じ……」

 冴姫が振るった包丁が瞬と名乗った男を捕らえようとする瞬間に、再び瞬は指を鳴らして、冴姫から少し離れた、街灯の下に移動する。

「特定存在(ビーイング)だ」

 冴姫は声が聞こえた方を振り返り、瞬を睨みつける。

「ちょこまかと鬱陶しい奴!」

「それね。よく言われる。話を戻そう……君みたいな超アブないビーイングが見つかった時、健全かつ無知な一般市民を守る為に、動く組織がある。特定存在管理局(Being Administration Bureau)……通称BAB。俺の所属する組織だ」

「何それ? 聞いたことないんだけど」

 冴姫はそう言って眉をひそめる。

「もちろん。無垢な市民はBABのおかげで、安全な生活を享受し続ける。すぐ傍に、俺や君みたいな化け物がいて、いつ死ぬかわからないってのにな。BABの存在は、完全に、秘匿されている」

「ありえない。誰も知らない組織なんて」

「ところが君みたいなありえないような奴がいるせいで、あらざるをえない。自分の危険性は理解しているだろう? あの男を殺した時にね……」

 冴姫の頭に、ある光景がフラッシュバックする。
 冴姫はその時、血だらけの自分の手を見つめ、震えていた。

「……くっ……お前に何がわかる! あれは……仕方がなかったんだ!」

 冴姫は激昂すると、再び瞬の方へと斬りかかった。瞬は咄嗟に身をかがめるが、冴姫が振るった包丁はなんと、街灯をスパっと切り倒した。瞬と冴姫の二人の方へ街灯が落下し、倒れる。

「おいおい……か弱い少女だから一人で捕まえてこいっつったバカ上司……これ見ても同じこと言えんのか?」

 二人は反対方向に街灯を避けて、距離を取る。火花を散らしながら、街灯は地面にぶつかり、煙を巻き上げながらそのまま橋の下へとずり落ちていく。

「男は皆クズだ! お前みたいなやつばっかりだ!」

 冴姫は瞬に向かって叫ぶ。

「はっ……俺はお前みたいなガキ興味ないっての」

「黙れ!」

 あくまで挑発を続ける瞬に、冴姫は何度も包丁を振り回す。
 瞬は紙一重で避け、後退しながらも、言葉を続ける。

「そうやって! 欲望のままに! っとと……力を振るうから! 俺たちが肩身を狭い思いをするんだ!」

 瞬は避けながらも徐々に、橋の端の方へと追いつめられる。

「こんなはずじゃなかったのに! 私は……あいつのせいで! お前のせいで!」

 冴姫は泣きながら包丁を振るう。

「不安定な子にはお近づきになりたくないね。 そんな時、実はこういう方法もある!」

 瞬がそう言いながら指を鳴らすと、今度は冴姫の身体が、突然、先ほどまでいた歩道から車道の真ん中に瞬間移動している。突然現れた冴姫の姿に、走って来ていた車はクラクションを鳴らす。

「きゃぁっ!」

 冴姫も突然のことで何が起きたか分からず、身体を腕で防御するだけだったが、車はぎりぎりで冴姫を避けていく。車が避けてくれたおかげで、冴姫はなんとか助かった。
 そして自分がどこからどこに移動したのか理解すると、走って瞬の方へ距離を詰めた。

「ふざけんな! 殺す気か!」

「うわーすっげぇ怒ってるよ。正直車道まで飛ばすつもりはなかったんだけど……人を移動させるのは苦手でね……」

 物凄い形相で、冴姫は再び瞬にラッシュを仕掛ける。瞬は紙一重でそれを避け続ける。
 しかし、いつの間にか追いつめられた瞬は、喉元に包丁を突き付けられ、橋の縁に立っている。先ほど冴姫に切り刻まれたせいで、そこには欄干が無く、瞬は一歩下がるだけで橋から真っ逆さまになるような位置に立っている。

「あらら……絶体絶命ってやつ?」

「斬るのは嫌い。血が飛び散るから。さよなら」

「斬られるか落ちるかだったら、確かに落ちる方がいいかもな?」

 冴姫は瞬が指を鳴らさないように刃物を突き付けていると、瞬はなんと自分から身体を後ろにぐらりと倒した。
 瞬がスローモーションのように倒れて、落ちていきそうになるのを、冴姫は見る。

「はぁ⁉」

「あー、やっぱ落ちるのも結構怖いかも!」

 そう叫びながら、瞬は両手を身体の前に持ってくると、両方の手で、指をパチンと鳴らした。

「はっ⁉」

 一瞬で、瞬と冴姫の位置が入れ替わる。

 斜めに重心が傾いた冴姫が、ゆらりと橋から落ちそうになるところを、瞬は冴姫の制服の胸元のリボンのあたりをわしづかみにして、ギリギリ支える。
 冴姫が持っていた包丁は驚きのあまり手放され、カツンと地面に当たった後、薄暗い橋の下へと落ちて行った。
 瞬が手を放した瞬間真っ逆さまな状態で、冴姫は命を掴まれている。

「同時には移動できないと思った? でも手は二つあるからね。二つまでなら同時にいけるんだよ」

 顔色一つ変えずに話す瞬だったが、冴姫の表情は恐怖に染まっている。足が震え、必死で瞬の腕を掴んでいる。

「た、助けて……」

「生きたいの? 人殺しなのに」

「死ぬのは嫌! 怖い!」

 冴姫は泣きながらそう叫ぶ。
 すると、ちょうどその時、瞬の片耳についていたイヤホンに、通信が入ったようだった。瞬は空いている右手を自分の右耳に当てると、話を始めた。

「よぉ姐御。もうすぐ終わりそうなところだぜ。え? やりすぎ? 見てるの? どっから?」

 冴姫には聞こえないが、どうやら瞬は怒鳴られているようで、片目をつぶってうるさそうにしている。

「わ、わかってますって。ちょっと試しただけですよ……いだだだ……鼓膜破れますって。わかった! わかりましたから!」

 瞬は会話を終えると、ばつの悪そうな顔で、冴姫に告げた。

「遊びは終わりだってよ。ほら、引き上げるから、斬るなよ?」

 瞬はぐいっと冴姫を橋の方へ引き戻すと、ぱっと手を離した。冴姫はその場に座り込んで、呼吸を整える。

「はぁ……はぁ……何なの? アンタ。私をどうするつもりなの?」

「さぁね。決めるのはボスだ。ほら行こう、車を待たせてある」

 そう言うと、冴姫のことを振り返りもせずに、瞬は橋の歩道を歩き始めた。冴姫は周囲を見回すと、少し迷ってから、瞬の方へと走って、追いついた。

 停まっていた黒塗りのセダンの扉を開けて、瞬は冴姫に車に乗るように促した。睨みつけながら車に乗り込む冴姫に、瞬は眉を上げて呆れるような表情を作る。
 二人は車の後部座席に乗り、お互いを視界に入れないように窓の外を見る。
 車はしばらく海岸を走り、それから海へと続く道へ曲がった。

「ね、ねぇちょっと?」

 海へ続く道は、まるで工事中のように、先が続いていないように見えた。冴姫はそれに驚き、後部座席から運転手の方へ身を乗り出す。

「嘘でしょ……降ろして!」

 全くスピードを緩めずに、真っすぐ暗い海へ向かう先のない道へ進む運転手にそう叫ぶ冴姫だったが、落ちるかと思われた車は真っすぐ進み続けた。
 それどころか、辺りは街灯に照らされて、突然明るくなる。
 先ほどまで真っ暗な海しか見えていなかった海の上に、まるまる街が一つ現れていた。いわゆる埋立地のような地形の上に、高層ビルや変わった形の建物がいくつも建っている。海へ続く道のある地点を超えた瞬間、その海上都市は見えるようになったのだ。

「嘘ぉ……街だ!」

「降ろしてぇっ……だってよ」

 隣で瞬は、先ほどまで怖がっていた冴姫の物まねをした。運転手までそれを聞いて、くすりと笑った。

「ウザッ!」

 冴姫は顔を真っ赤にして、瞬を指さしてそう言った。瞬はにやにやとしながら、再び窓の外へ視線を戻した。
 海上都市のその中央まで車は進み、大きく背の高い、それでいて窓の少ない要塞のような建物の中に進んで行く。車を降り、エレベーターに乗って、二人は上層階で降りる。

「わぁ……広い」

 冴姫はフロアを見渡して驚く。そのフロアは広く、小さな部屋で区切られていなかった。中には職員が多くひしめき合って、深夜だというのにせわしなく働いている。
 階段を降り、冴姫は瞬の後を歩く。

「ここがBAB……特定存在管理局。特定存在ビーイングの、特に人型に対応する部署だ」

 歩きながら、瞬は説明する。

「君みたいなヤバい人型ビーイングは、特に周りの被害が大きい。そういうやつを確保するために、一般戦闘員を送ると……酷いことになる。身体がバラバラになったりとかな。そういう時にどうするかわかるか? 俺みたいなビーイングをぶつける。まさに適材適所」

「アンタなんかと一緒にしないでほしいわ」

「確かに。お前の方がガキだ」

「うるさい!」

「おっと!」

 狭いオフィスの通路で、冴姫は手を振り払った。瞬はそれを避け、冴姫の腕を掴む。しかし、瞬の頬からつーっと一筋の血が流れる。

「綺麗なネイルだ。家事はできないんじゃないか? 親不孝だな」

 長く伸びた冴姫の爪を見て、瞬は皮肉を言う。

「黙れ!」

 冴姫はもう片方の手で、瞬を振り払う。すると瞬はパチンと指を鳴らし、冴姫の後ろに瞬間移動する。

「すぐ熱くなる。つまり図星だ」

「うるさい!」

 冴姫はふりかえりざまに手を振り回す。しかし、瞬はすぐに姿を消す。

「白か。意外と清純派だな。不良かと思ってた」

 自分の真下から声が聞こえて、冴姫はぞくっとする。
 瞬は驚くべきことに、冴姫のすぐ下に仰向けで寝転がって、下からスカートを覗き込んでいた。

「お前~っ……死ね!」

 冴姫は瞬を踏みつけようと足を振り下ろすが、瞬は再び冴姫の正面へと瞬間移動する。しかし、なぜか冴姫は驚いたように瞬の方を見て、それ以上攻撃をしてこなかった。
 怪訝に思う瞬は、寒気を感じる。

「空間(そらま)、全面的に貴様が悪い」

「ひっ……」

 瞬は首根っこを後ろから掴まれ、その場に固まった。空間の首を掴む、三十代ほどのその女性は、赤い髪を長く伸ばしており、きりっとした顔つきに、身体にフィットしたスーツ姿をしている。いかにも仕事のできる女性といった様子で、鋭い目つきで後ろから瞬を睨みつけている。

「姐御……いつから見てたんです?」

「ずっとだよ。おっと、指を少しでも動かしたら、斬り落とすぞ」

 姐御と呼ばれた女性は、もう一方の手で瞬の手首を掴んだ。そして瞬の背中を蹴り飛ばす。
 蹴られた瞬は冴姫のすぐ傍に転がり、冴姫はすぐにその腹を思いっきり蹴った。

「ぐはっ……! ナイッシュー……」

 腹を押さえて転がる瞬を放って、女性は冴姫について来いと促す。冴姫は素直にその後を歩き、しばらくすると瞬も起き上がり二人の後を歩いた。
 透明なパーテーションで仕切られたオフィスの中に入ると、改めて女性は冴姫の方を振り返り、自己紹介をした。

「私は姉梧(あねご)百合(ゆり)。阿呆の上司であり、管理局人型特定存在対応一課の課長だ」

「あねごって……苗字なんだ」

「空間はそれにかこつけて上司を呼び捨てにしているだけのクズだ」

「違いますよ、姐御。俺は親愛を込めて姐御を姐御と呼んでいるんです」

 追いついてきた瞬はそう言い訳をする。

「さて、桐崎さん。特定存在(ビーイング)は、管理局に発見され次第、この海上都市へと収容される。その能力によって、管理形態は様々だ。例外なく、君にも大人しく収容されてもらう」

「そんな……」

「事故とはいえ、人を殺したんだ。何の制限も受けないと言うのも、おかしな話だろう?」

「私は……いえ……その通りです」

 冴姫は何か言おうとしたが言葉を引っ込め、俯いて、自分の罪を認めた。

「ところが通常の司法では、君の罪は裁けん。そもそもありえないことが起きているわけだからな。無罪放免というわけだ。そこを管理局がカバーする。特定の異常を一般市民から遠ざけ、その平穏な生活を守るのが我々の仕事だ」

「そんなものがあったんですね」

「そこで相談だ。我々と共に、働く気はあるか?」

「おいおいおい! ここへ連れてこいっていうから、おかしいと思ったんだ! 姐御、正気か? こいつはまだガキだぞ」

 姉梧百合の言葉を聞くや否や、冴姫より前に瞬が猛抗議する。

「ガキというならお前もガキだ、空間。彼女の能力は、まさに我々の仕事にうってつけだ。何でも斬れる刃物を生み出せる。鋼鉄だろうが兵器だろうが、壁から床から天井までぶった切れるんだ」

「それがヤバいっつってんでしょ。厳格に収容すべきだ。決して刃物を与えずにな」

「桐崎さん。どうだ? こいつが何と言おうと、決めるのは君だ。君は罪を犯したが……運命は、そんなことの為に君に能力を与えたと思うか?」

「運命……?」

「贖罪の機会はいくらでもあるということだ。君のように意図せずして社会に害をなしてしまう他の人たち……ビーイングを、君は能力を活かして救うことができる。それこそが、君の運命だと思わないか?」

 冴姫は考え込む。襲ってきた相手を撃退する時、冴姫は意図せずしてその能力を初めて発現させた。もちろん、人殺しがしたかったわけではない。

「私の能力が……あんなことのためだけに与えらえたとしたら……それは最悪だと思う」

「ふむ……そうか」

「だから……まだわからないことが沢山あるけど……幽閉されるくらいなら、私も仕事がしたい。同じような人を救うことが、償いになるのなら」

「決まりだな。歓迎する。ようこそ、管理局へ!」

 覚悟を決めた冴姫に対して、決意が変わらないように素早く、百合は両手を広げて歓迎する。

「マジかよ……笑えないぜ」

 瞬は首を振って呆れたようにそう言う。

「とはいえ、今日は疲れただろう。奥に仮眠室がある。休んでくるといい」

 冴姫は百合にそう言われ、看板を見ながら、奥の部屋へと歩いていった。百合は瞬と二人きりになると、尋ねた。

「なぜ、彼女に辛く当たる?」

「さあね。何でかな。学生服を着て、能力を使っている女が嫌いな性質でね」

「何だそれは……」

「自分でもわからないけどな。それに……能力を使わずに静かに過ごせる道があるなら……その方がいいだろ。贖罪だのなんだのとそそのかして、悪い大人だぜ、姐御は」

「猫の手も借りたい状況なんでな。手を貸してくれる猫には……私は優しいぞ?」

「俺は優しくされたことなんてないぜ、クソババア」

「あ?」

 パチン、と指を鳴らし、瞬はパーテーションで仕切られた出口へと移動している。

「怖い怖い……今のは蹴られたお返しだ。これでチャラだな」

 そう言うと、瞬はオフィスを去って行った。

「ふっ」

 百合は微かに笑ったかに思えたが……激怒していた。

「あのガキ……ぶっ殺してやる」

「姉梧さん? 着替えとかって……うわ! 何か超怒ってる?」

 百合の元に戻って来た冴姫は、並々ならぬ様子の百合を見て、震えあがるのだった。


 後日……
 管理局のオフィスの中、百合の前に冴姫と瞬が立っている。
 とはいっても、瞬は机にもたれかかって、やる気のなさが際立っている。

「というわけで、今日からお前たちに二人体制で動いてもらう。異論はないな?」

「はい! 異論!」

 不満そうに冴姫が声を上げた。

「なんだ?」

「この課には他の人とかいないんですか? 私はコイツとなんて嫌です!」

 冴姫は瞬の方を指さしてそう言った。瞬は面倒そうに斜め上の方を見ている。

「一課には他の人員はいない。空間と桐崎の二人のみだ。桐崎が入る前は、当然空間一人だった」

「えぇ? でも……」

 冴姫は振り返って、六人分ほどの椅子と机があるところを見る。それを見ていたからこそ、当然六人は人数がいるものと考えていた。

「俺が入る前に四人が死んで、一人は俺が入ってから辞めた。辞めるってことは当然、収容されてこの街から出られないってわけ」

 瞬は肩をすくめてそう言った。

「四人死んだって……? やっぱやめとこうかな、私……?」

 ちょうどそんな時、百合が耳に手を当てる。通信が入っているようだった。

「……了解。いや、うってつけのがいる。すぐに回収班を向かわせる」

 瞬がぴくっ、と会話の内容に反応する。

「よし、お前たち。さっそく初仕事だ。行ってこい!」

 百合はぎくしゃくとした二人に向かって、容赦なくそう言い放った。


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